夜の街は、昼間とは違う顔を見せる。
人通りは少なく、通りに面した店の明かりもまばらだ。侵略種の出現を警戒して、どの家も窓という窓に補強板を下ろしている。街灯だけが、規則正しく等間隔に闇を区切っていた。
「シイナはなのはたちに任せた。しばらくはあっちで訓練と調査だ」
俺は隣を歩くゼータに、確認するように言った。というより、自分の中で整理するための言葉だ。ゼータは小さく頷く。猫の耳が、周囲の物音を拾うように微かに動いていた。
「あの子はああ見えて頑固だから。無理はしないと思うけど」
「無理をしない奴なら、そもそもハンターなんてやっていない」
俺が短く返すと、ゼータは何も言わずに口元をほんの少しだけ緩めた。
今夜の目的は、魔人についての情報収集だ。はやてから聞いた説明だけでは、わからないことが多すぎる。侵略種の因子を持った人間が、なぜ凶暴化するのか。転生者とどう関係しているのか。誰が、何のために魔人を作っているのか。
表向きの調査はなのはたちが担当している。俺たちはその裏、夜の街で人知れず動く影を追う役割だ。隠密行動なら、ゼータが適任だ。足音を消し、気配を殺し、闇に溶けるように動ける。デルタは派手すぎるし、イータは情報の分析で手が離せない。
「魔人の目撃情報、このあたりが最近多いらしい」
ゼータが、路地の壁に貼られた古い張り紙を指先でなぞりながら言った。退避経路の案内図だ。その端に、手書きで「夜間の一人歩き注意」と書き足されている。
「多いのは目撃だけか」
「被害も。でも、ニュースにはなってない」
「隠してるのか、隠れてるのか」
「両方。怖がって通報しない人もいる。通報されても、侵略種として処理されてるケースもある」
ゼータの声は相変わらず淡々としているが、その目は街の闇をじっと見据えていた。
魔人と侵略種は、見た目が似ている。いや、もともと人間だったものが侵略種の因子で変異するなら、区別がつかなくなるのも当然か。だが、魔人は元人間だ。駆除すればそれで終わりというわけにはいかない。
そこに、転生者というイレギュラーが絡んでくる。普通の世界には存在しないはずの力を持ち、普通の人間には持ち得ない記憶を持つ者たち。彼らもまた、何者かによって作られたのか。それとも、勝手に発生しているのか。
「ツカサ、考えてる顔。難しい顔」
ゼータの声で、俺は顔を上げた。いつの間にか眉間に皺が寄っていたらしい。
「考え事はいつもだ」
「今回は特別。シイナのこと、セツナのこと、転生者のこと。全部一緒に考えてる」
「…まあな」
俺は誤魔化さなかった。ゼータには、隠し事をしてもすぐに見抜かれる。長い付き合いだ。
「シイナとセツナはまだわからないことが多い。セツナが何者か、魔人との違いは何か。それを知るためにも、まずは魔人が何かをはっきりさせる必要がある。あとは財団Xの線も潰しておきたい」
「転生者と財団Xが繋がってるなら、魔人も同じルートで作られてる可能性」
「そういうことだ。今夜は手がかりが見つからなくてもいい。まずは、街の空気を知る」
俺は路地を曲がり、さらに人通りの少ない裏通りへ足を踏み入れた。街灯の光が届かない場所だ。闇が深い。だが、こういう場所にこそ、昼間は隠れているものが顔を出す。
「ゼータ、気配は」
「今のところ、なし。でも…」
ゼータの耳がぴんと立った。
「あっちの路地、何かいる。人間じゃない。でも、侵略種とも違う」
「魔人か」
「まだわからない。でも、動きが不自然」
俺は腰のライドブッカーに手をかけた。まだ抜かない。ただ、いつでも抜けるように。
「案内しろ。騒ぐなよ」
「わかってる」
ゼータが闇の中を滑るように歩き出す。俺はその後を追った。