街灯の明かりが途切れた。
ここから先は、補強板も壁もない。ただの更地だ。かつて何かの施設があったらしい基礎の残骸が、月明かりに白く浮かび上がっている。人の気配はない。夜風が、崩れたコンクリートの隙間を吹き抜けていく。
「止まれ」
ゼータが短く言った。俺は足を止める。彼女の耳が、何かを捉えているのだろう。俺にはまだ聞こえない。だが、ゼータが警告するなら、そこに何かがいる。
「数は」
「三。いや、四。ばらけてる」
四方からか。囲むつもりか、それとも偶然か。どちらにせよ、好意的な意味で近づいてくる気配じゃない。
「人間か」
「わからない。匂いが混ざってる。人間と、別の何か」
人間と別の何か。それが魔人の特徴なのか、それとも別の存在なのか。まだ断定はできない。だが、ここでやり合うわけにはいかない。民家は近くにある。戦闘になれば、必ず巻き込む。
「移動するぞ。もっと人気のない場所へ」
「了解。右の路地、倉庫街の方」
ゼータが静かに歩き出す。俺も音を立てないように続く。背後で、気配がついてくるのがわかった。速くはない。じわじわと距離を詰めている。追い込むつもりか、それとも様子を見ているのか。
路地を抜けると、開けた場所に出た。倉庫が並ぶ搬入エリアだ。夜間は人が入らない。街灯も少なく、月明かりだけが冷たく地面を照らしている。ここなら、多少派手に動いても問題はないだろう。
「ここでいいか」
「うん。来る」
ゼータが振り返る。
闇の中から現れたのは、スーツ姿の男たちだった。
ネクタイを緩め、肩で風を切るように歩く。柄の悪さは一目でわかる。刺青が首元からのぞき、指には金の指輪。腰には鞘に収めた刀。いかにもな出で立ちのヤクザが、俺たちを取り囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。
「おいおい、ガキが二人かよ」
「夜遊びには早ぇぜ、坊や。連れの嬢ちゃんも、なかなか可愛いじゃねえか」
下品な笑い声が、静かな倉庫街に響く。俺は顔を動かさず、視線だけでゼータを見た。ゼータもまた、同じようにこちらを見ている。
(ヤクザ、か)
予想とは違った。魔物でも魔人でもない。ただの人間。だが、ただのヤクザが、よりにもよって俺たちを追ってくるだろうか。
「お前ら、誰かに頼まれたのか」
俺が静かに問うと、男たちの笑いがぴたりと止まった。顔を見合わせ、一人が舌打ちをする。
「頼まれた、ねえ。まあ、そういうことにしといてやるよ」
「あん? 言っちまえよ。どうせ死ぬんだ」
別の男が、刀の柄に手をかけながら、にやりと口を歪めた。歯が異様に黄ばんでいる。よく見ると、歯だけじゃない。目の白い部分が濁り、皮膚が不自然に乾燥している。
「薬物か」
ゼータが小さく呟いた。俺も同じことを考えていた。彼らは、普通のヤクザじゃない。何かを体内に入れている。そしてその何かが、はやての言っていた魔人と関係している可能性がある。
一匹、また一匹、異形が増えていく。変異は連鎖的に起こっているようだった。一人が完全に魔人化すると、その周囲にいる者の変異が加速する。まるで共鳴するように。
「ゼータ、やれるか」
「問題ない。でも、殺していいの」
「話が通じる相手じゃない。だが、一匹だけでも拘束できれば」
言いかけた時、最後の一人が変異した。他の個体より一回り大きく、背中から無数の触手が伸びている。その触手の先端が、俺たちを見つけると同時に一斉に飛んできた。
俺はライドブッカーを抜き、触手の群れを薙ぎ払う。火花が散った。硬い。一本一本が、さっきの個体よりも頑丈だ。
「こいつは、ちょっと手間がかかりそうだ」
「ツカサ、気をつけて。あいつ、他のより強い」
「わかってる」
俺はカードを抜き、ドライバーに装填しようとした。その時――魔人の背後の闇が、不自然に歪んだ。