俺はドライバーへ新しいカードを叩き込んだ。
「変身」
『KAMEN RIDE DRIVE!!』
マゼンタの装甲が赤と白に塗り替わり、胸部にタイヤの意匠が回転する。重厚なシルエット、そして何より速さ。これだ。
「ゼータ、下がってろ。一瞬で終わらせる」
「了解。無理しないで」
ゼータの声が聞こえたかどうか、俺はもう地面を蹴っていた。
タイプスピードの加速は、足元から世界を置き去りにする感覚だ。目の前の景色がモノクロームの静止画みたいに遅くなる。魔人たちの動きは、止まって見える。
一番手前の魔人へ肉薄する。奴が俺を視認するより速く、ライドブッカーを横薙ぎに振るった。刀身が外皮を切り裂き、その下の肉ごと寸断する。魔人が半ば千切れたまま、スローモーションで吹き飛ぶ。
二体目。背後から迫ろうとしていた個体。俺は加速を維持したまま向き直り、逆袈裟に斬り上げる。外皮が裂け、変異した組織が露わになる。三体目は逃げようとしたが、逃げる方向が見えていない。俺はすでにその正面にいた。突き。ライドブッカーの切っ先が、中央の魔人の肩を貫く。
「悪いが、少し大人しくしてもらうぞ」
拘束だ。殺すならもう終わっている。だが、こいつらを生け捕りにすれば、裏で糸を引いている連中の手がかりになる。俺は貫いたままのライドブッカーで魔人を地面へ押し付けようとした。奴が抵抗しようと触手を振り上げる。その動作さえも、俺にはスローに見える。
だが、その触手は俺へは向かわなかった。
空気が、裂けた。
背後からの攻撃。しかも、凄まじい威力の。俺は反射的に前へ跳び、拘束していた魔人から離れた。
着地して振り返る。俺の目は、信じられないものを見ていた。
さっき俺が斬り伏せた魔人たちが、別の何かから攻撃されていたのだ。背後から迫ったその「何か」は、俺たち狙いではない。倒れかけた魔人達が切り裂かれた。
「何だ…?」
俺は思わず呟いた。誰が撃った? ゼータか? いや、違う。ゼータは俺の後ろで、呆然と立ち尽くしている。
攻撃したのは、俺たちじゃない。
じゃあ、誰が、なぜ、味方を攻撃する?
月明かりの下、その姿は唐突に現れた。
黒髪が夜風に舞う。高い位置で縛られたポニーテールが、鞭のようにしなって見えた。黒い制服。見覚えがあるようで、どこにもない。学校の制服のようにも見えるし、何かの戦闘服のようにも見える。
だが、それ以上に目を引いたのは、その顔だ。
金属のマスクが、表情を覆っていた。鬼のような、あるいは般若のような、冷たい無機質の面。素顔は一切わからない。ただ、その隙間から覗く瞳だけが、暗闇よりも深い光を宿していた。
彼女の手には、刀があった。
抜かれた刀身が、月明かりを受けて鈍く光る。
「……!」
ゼータが息を呑む音が聞こえた。
少女は動いた。一瞬で間合いを詰め、刀を振るう。軌跡すら見えない。ただ、風が裂ける音と、肉が断ち切られる音だけが夜気に響いた。
さっきまで俺を押していた魔人が、一瞬で地面に崩れ落ちる。切り口は滑らかだ。悲鳴すら上げる暇もなかったのだろう。
俺はライドブッカーを構えたまま、動けなかった。
彼女が、こっちを向く。
鬼の面が、俺とゼータを見据える。手には血の滴る刀。この距離なら、俺たちもあの刀の餌食になりかねない。
全身が警告を発していた。ヤバい、と。この女は、強い。
だが、彼女は刀を振らなかった。
一瞬、視線が合った気がした。その瞳の奥に、敵意はない。ただ、冷ややかな観察の色だけがあった。
彼女は無言で刀を納め、踵を返した。
「待て!」
俺は叫んだが、彼女は振り返らない。そのまま闇の中へ、溶けるように消えていった。
後に残されたのは、切り刻まれた魔人の残骸と、血の匂い、そして俺たちだけだ。
「……行った」
ゼータが呟く。声が少し掠れていた。
俺はライドブッカーを下ろし、少女が消えた闇を見つめた。
味方じゃない。あれは確実に敵だ。だが、俺たちを襲うつもりもなかった。彼女が狙ったのは、魔人だけだ。
俺たちではなく、魔人を狩った。
「魔人狩り、か」
はやての言葉が脳裏をよぎる。裏社会で活動している危険なグループ。魔人に関係する何らかの目的を持っている。
あの少女は、その一人なのだろう。黒い制服、鬼のマスク、そして圧倒的な殺傷能力。特徴は一致する。
だが、何だあの強さは。魔人を一瞬で屠るあの腕は、ただの暗殺者じゃない。
「ツカサ、追う?」
ゼータが問いかける。だが、俺は首を横に振った。
「無理だ。あの速度なら、追いつけない上に待ち伏せされる。それに」
俺は足元の魔人の残骸を見た。
「こいつらの処理もある。それに、目的が同じとは限らない」
魔人を狩る者。それが、この世界の人類の味方なのか、それとも別の悪意を持った存在なのか。今はまだわからない。
だが、一つだけ確かなことがある。
この街には、俺たち以外にも、夜を歩く者がいるということだ。