倉庫街を離れ、俺たちは路地裏の暗がりに身を潛めた。
壁に背を預け、荒くなった呼吸を整える。タイプスピードの加速は身体に来る。変身を解除すると、全身の筋肉が悲鳴を上げているみたいに軋んだ。
「ヤクザだったな、さっきの」
ゼータが静かに言った。彼女はすでに呼吸を整えていて、金色の尾だけがかすかに揺れている。
「ああ。ただのチンピラじゃない。組織の構成員だ」
俺は壁の向こう、街の明かりが漏れる方を見やった。
「裏社会に、魔人が入り込んでる。それも、ただの一匹二匹じゃない」
ゼータが小さく頷く。
「薬物の話もしてた。違法な薬で力を得てるってことなら、流通ルートがある。組織的に動いてる」
「侵略種の因子を混ぜた薬を流して、人間を魔人に変える。用途からして、まともな商売じゃない」
俺はふっと笑った。笑うしかない。人間が人間を喰うための薬を作るなんて、正気の沙汰じゃない。だが、この世界はそういう場所らしい。
「はやての話じゃ、大半の魔人は薬物依存みたいなもんだった。自我が崩壊して、本能のままに暴れる。さっきの連中もそうだ。だが」
俺は言葉を切った。脳裏に、鬼の面を被った少女の姿が浮かぶ。
「あいつは違った」
「うん。あの魔人狩りの人。動きに迷いがなかった。目的を持って、判断して、動いてた。崩壊した人間にできる動きじゃない」
ゼータの指摘は的を射ていた。さっきの少女は、ただの殺戮マシーンじゃない。俺たちを攻撃しなかったことからも、何らかの基準で動いていることがわかる。
「魔人の中にも、イレギュラーがいるってことか。あるいは、魔人そのものじゃないのか」
「断定はできない。でも、少なくともあれは普通の魔人とは別物」
「ああ。そして、そんなイレギュラーまで出てきてるなら、事態はもっと複雑だ」
俺はライドブッカーのカードを指で弾いた。弾く音だけが、静かな路地に響く。
「裏社会で魔人が増えてる。その裏で薬を流してる連中がいる。そして、それを狩る者もいる。どれも、表の顔じゃ動けない連中だ」
これだけ揃えば、偶然じゃ済まされない。誰かが糸を引いてる。あるいは、複数の誰かが、それぞれの糸を引いて、ぶつかり合ってる。
「調査が必要だな。魔人の発生ルート、裏社会での動き、そしてあのイレギュラーの正体」
「はやてたちに共有する?」
「当然だ。だが、俺たちの手も動かす。表から当たる連中と、裏から潛る連中。両方いて初めて、全体が見えてくる」
ゼータが短く息を吐いた。呆れてるのか、やれやれと思ってるのか。たぶん両方だ。
「ツカサ、また無茶しそう」
「無茶はしない。俺はいつだって、最短距離を行くだけだ」
「それを無茶って言うんだよ」
彼女の呆れ声に、俺は口角を少しだけ上げた。夜の街は、まだ騒がしい。だが、少しだけ見えてきた気がした。この闇の奥に、何が潛んでいるのか。
「戻るぞ。シイナたちが待ってる。そして、報告することがある」
俺は壁から背を離し、路地の出口へ歩き出した。ゼータが音もなく続く。俺たちの夜歩きは、まだ終わらない。むしろ、ここからが本番だ。