一週間が経った。
侵略種の討伐は、驚くほど順調だった。シイナの炎は日を追うごとに制御の精度を増し、俺が手を出すまでもなく、中型以下の侵略種は彼女一人で片づけられるようになっている。特訓の成果が出ているのだろう。もともとハンターとしての基礎があったから、飲み込みが早い。なのはやフェイトも彼女の成長を素直に評価していた。
だが、それだけだ。
小型や中型を何匹倒そうが、親は生きている。原種。現在の人類の技術力では不可侵とされる超大型侵略種。全ての侵略種は、あれから生まれる。はやての言葉をもう一度、頭の中でなぞる。戦闘力、再生力、繁殖力。どれを取っても既存の侵略種より桁外れ。親を殺さなければ、子は無限に湧き続ける。ならば、やることは一つだ。
俺は夜明け前の浜辺に立ち、水平線の向こうを見つめていた。潮風が頬を叩く。
「ツカサさん、早起きすぎ」
声に振り返ると、シイナが立っていた。まだ眠そうな目をしているが、その右手にはすでに散弾銃が握られている。いつでも戦えるよう、警戒を怠っていない。
「お前こそ、無理するなと言ったはずだ」
「あたしはいつもこの時間に起きてるよ。島じゃ朝の見回りが日課だから」
彼女はそう言って、俺の隣に並んだ。青緑色の瞳が、水平線の向こうを見つめる。
「原種、倒さなきゃね」
俺は答えなかった。彼女はもう、その必要性を自分で理解している。俺が言葉を重ねるまでもない。だが、倒すと言うのは簡単だ。実際にどうやって倒すのか。不可侵と呼ばれる相手に、どう挑むのか。その方法を、まだ誰も見つけていない。
「シイナ、お前の炎はどこまで強くなった」
「制御はできるようになったよ。でも、まだセツナとは話せない」
「力を高めれば、道は開ける。ただし、今のままでは原種には届かない」
シイナは散弾銃を握り直し、小さく息を吐いた。
「うん。わかってる。あたし、もっと強くなる」
水平線の向こうに、朝日が顔を出し始めていた。海が金色に染まる。
俺は背を向け、本部への道を歩き出す。背後で、シイナの足音が続く。原種を討伐する方法。それはまだわからない。だが、わからないなら調べればいい。情報を集め、力を高め、手を尽くす。やるべきことは、いつだって同じだ。
作戦室の空気は重かった。いや、重いというより、粘ついている。モニターから流れ出すデータの量が、部屋そのものの密度を上げているような錯覚を覚える。
俺は腕を組み、壁一面に投影された原種の映像を見上げていた。山を背にして佇む巨体。生物として在ることを放棄したかのような、異様な質量。映像越しでも、あの威圧感は肌に刺さってくるようだ。
「現状、判明しとる原種の個体数は国内で三体。いずれも駆除には至ってへん」
はやてがホログラム操作をしながら、淡々と言った。彼女の声に感情の揺れはない。総督としての顔だ。だが、その指先がかすかに震えているのを、俺は見逃さない。彼女は焦っているわけではない。ただ、この事態の重さを、その細い肩で耐えているのだ。
「攻撃は通じたんですか?」
シイナが隣で尋ねた。彼女の手にはカップが握られているが、中身はすっかり冷めているだろう。一歩下がった位置にはゼータが立ち、静かにモニターのデータを追っていた。
「表面的には、な。だが、決定打にはなってへん」
はやてが映像を切り替える。なのはとフェイトの砲撃が原種の外皮に着弾するシーン。桜色と金色の光が炸裂し、一瞬だけ巨体が揺らぐ。だが、煙が晴れた後には、傷一つない表面が残っている。いや、よく見ればわずかにひっ掻いたような痕はある。だが、それは人間で言えば、擦りむけた膝ほどの意味も持たない。
「奴らはただ硬いだけじゃない。被害を分散し、瞬時に再生しとる。砲撃のエネルギーが抜ける穴を、奴ら自身が塞いでいくんや」
「じゃあ、いくら撃っても意味がないってことですか」
シイナの声に、かすかな焦りが混じる。彼女は自分の左手を見た。エンゲージリングが光る。だが、その光も今は頼りない。
「無駄じゃない」
俺は口を開いた。部屋の視線が俺に集まる。
「意味がないわけじゃない。ただ、今のやり方じゃ届かないだけだ」
俺はモニターに近づき、映像の中の原種の一部を指でなぞった。砲撃が命中した瞬間、ほんの一瞬だけ外皮が揺らぐ箇所がある。
「見ろ。着弾の瞬間、奴の防御が波打ってる。完全に無効化してるわけじゃない。対応に遅れがあるんだ」
「先生の言う通りや。継続的な攻撃で防御を上回る火力を叩き込めば、理論上はいける。やけど……」
はやてが言葉を切る。なのはとフェイトが顔を見合わせる。二人の表情は硬い。S級魔導師二人の全力でも、原種の再生スピードには追いつけない。なら、更多人の手を加えればいいのか? だが、戦力を集中させれば、他の場所が手薄になる。ジレンマだ。
「ツカサさん、あたしの炎ならどうですか」
シイナが一歩前へ出た。左手を握りしめ、真っ直ぐに俺を見る。
「吸収して、燃やす力なら、あいつの再生も追い越せるかもしれない」
希望的観測だ。だが、否定はしない。彼女の炎には、ただの熱量ではない何かがある。侵略種を倒し、その力を取り込む。その特性は、原種相手でも有効な一手になり得る。
ただし。
「お前の炎は鋭くなった。だが、まだ『針』だ」
俺は彼女の手を見た。
「針で刺しても、岩山は崩せない。必要なのは、岩山ごと飲み込む『焔』だ」
シイナは唇を噛んだ。言葉の意味はわかっているだろう。だが、どうすればいいかまではまだ見えていない。
「準備をするぞ。原種を落とすための」
俺は全員を見回した。
「はやて、奴の動きと再生のタイミングのデータを洗い出せ。解析班に回せ。フェイト、お前は過去の戦闘データから防御が薄くなるパターンを探せ。なのははシイナとの連携訓練だ」
「私も訓練?」
なのが指差して聞き返す。
「ああ。お前の砲撃で道を開けば、シイナの炎が届く。そのタイミングを合わせろ。単発じゃ足りないなら、同時攻撃だ」
「了解です!」
なのはが即答する。彼女の目には、もう迷いはない。
「ゼータ」
俺は壁際にいる相棒を呼んだ。
「表沙汰にできないルートからも情報を拾え。原種には必ず『餌場』があるはずだ。そこを押さえれば、奴らの動きも読める」
「了解。裏社会のツテを使うね」
ゼータが短く返す。
「私の方でも、各国の支部へ協力要請を出しておく。戦力だけやない。防衛システムと結界の強化も進めるわ」
はやてが指示を出しながら、立ち上がった。白いコートが翻る。
「先生、準備は整える。やけど、最後の切り札は……」
「わかってる」
俺は腰のネオディケイドライバーに手を置いた。
「俺が引き出す。この世界に映る不届き者を、一枚のカードで叩き潰す」
シイナが俺を見る。不安と、期待と、決意が入り混じった目だ。俺は彼女に向かって、短く告げた。
「お前もだ、シイナ。針を研ぐだけじゃない。炎を育てろ。セツナがお前の中にいるなら、その重さまで背負え」
「…はい」
彼女は小さく、力強く頷いた。
準備は始まっている。だが、まだ足りない。俺自身の手札も、まだ全て見せていない。
原種という名の巨大な壁。それを乗り越えるための足場を、これから組み上げていく。
「さあ、仕事の時間だ」
俺は作戦室を出ていこうとする背中へ声をかけた。
「終わらせてから、飯にしようぜ」