湖面が、割れた。
いや、割れたのは水面じゃない。岸辺にびっしりと付着していた無数の卵だ。灰色の膜に包まれた楕円形の塊が、内側から裂け、ぬらりと光る幼体を吐き出していく。一匹、二匹ではない。数十、数百。視界の端から端までを埋め尽くす勢いで、侵略種の幼体が産声を上げていた。
「孵化した…!」
シイナが息を呑む。彼女の手が散弾銃のグリップを強く握りしめるのが見えた。
幼体は小さい。一匹あたりのサイズは犬ほどだ。だが、この数だ。こいつらがこのまま湖を出て周辺の町や村へ流れ込めば、数日と経たずに人の住める場所ではなくなる。それに、幼体とはいえ侵略種だ。すでに外皮は硬質化し、小さな顎には鋭い牙が並んでいる。放置できる相手じゃない。
俺は即座に判断した。頭の中で駒を動かす。
「シイナ、お前は原種本体だ」
俺の声に、彼女が振り返る。
「でも、この数――」
「任せたとは言ってない。フェイトとデルタがサポートにつく。お前は原種だけに集中しろ」
「了解」
フェイトが短く答え、バルディッシュを構える。デルタはすでに獣の姿勢で地面を蹴る準備を終えていた。二人とも、俺の指示を待つまでもなく動き始めている。
「なのは、俺と来い。周囲の雑魚を掃除する」
「はい、ツカサ先生!」
なのはがレイジングハートを杖形態のまま構え直す。彼女の桜色の魔力光が、朝霧の中で淡く輝いた。
「ゼータ、取り逃しは許すな。岸から出そうな奴は全部、お前が仕留めろ」
「了解。一匹も逃がさない」
ゼータの姿がふっと消える。気配を完全に殺し、すでに湖畔の樹上へ移動したのだろう。彼女の金色の瞳だけが、木々の隙間から湖を見下ろしているのがわかった。
俺はカードを抜き、ドライバーに装填する。
「変身」
『KAMEN RIDE DECADE!』
マゼンタの装甲が全身を覆う。視界がクリアになり、湖面にひしめく幼体の数が正確に把握できる。ざっと見積もっても三百はいる。しかも卵はまだ割れ続けている。時間が経つごとに数は増える。
「先生、右翼は私が」
「ああ。左は俺だ」
俺たちは同時に地面を蹴った。
なのはが『アクセルシューター』で幼体の群れを薙ぎ払う。桜色の魔力弾が弧を描き、一度に数十匹を粉砕した。俺はライドブッカーを剣形態で抜き、岸辺に群がる個体を片端から斬り伏せる。幼体の外皮は薄い。斬るのに苦労はない。だが、数が多すぎる。一体倒しても、その後ろから三体が湧いて出てくる感覚だ。
背後で、フェイトの『サンダーフォール』が炸裂する音がした。金色の雷光が湖面を走り、原種本体へと叩き込まれる。デルタが雄叫びを上げ、原種の根を爪で引き裂いている。シイナはまだ動いていない。いや、力を溜めている。彼女の左手で、エンゲージリングがかつてないほど強く輝き始めていた。
「いいぞ、シイナ。その調子だ」
俺は呟き、目の前の幼体を蹴り飛ばした。ゼータが樹上から飛び降り、岸辺に逃げ出そうとしていた数匹を瞬時に仕留める。取り逃しはない。
原種の周囲で、卵がさらに割れ始めた。嫌な予感がする。こいつは、まだ本気で繁殖を始めていない。これはほんの前菜に過ぎない。
「なのは、もう一波くるぞ」
「はい。先生も無理しないでくださいね」
「無理はしていない。いつも通りだ」
俺はライドブッカーを銃形態に切り替え、新たに孵化した群れへ向けて引き金を引いた。時間との勝負だ。シイナが原種を仕留める前に、こちらの体力が尽きるか、あるいは――。
いや、考えるな。やるべきことをやるだけだ。