「いいか、デルタ。お前は次の作戦に参加する。それはもう決まってる」
俺は机の上の端末を指先で叩きながら、じっと目の前の獣娘を見据えた。
「ほんと!? ボス、約束だよ!」
デルタの尻尾が、まるで扇風機みたいにブンブンと回転し始める。喜びが全身から溢れ出しているのはわかるが、こっちはまだ話の途中だ。
「だが、条件がある」
俺が人差し指を立てると、デルタの耳がピタリと止まった。
「指示通りに動け。暴れるなとは言わないが、暴れる場所とタイミングは選べ」
「えー、じゃあどうすんのさ。あたし、じっとしてるの苦手だし」
「お前のそういうところが、一番の問題なんだよ」
俺は深く、深ーく息を吐き出した。この数ヶ月、こいつと一緒に世界を渡ってきたが、こいつの「指示通りに動かない」という事実は、もはや物理法則並みに確固たるものだ。「右へ行け」と言えば左へ跳び、「待て」と言えば余計に走り出す。野生の勘が先走り、脳みその処理速度を振り切るのだ。
「山岳地帯だ、デルタ。今回の原種は動かない壁だ。お前が山の中で全開で暴れ回ったらどうなるか、想像できるか?」
「敵をわさわさ全部叩き潰す!」
「違う。山が崩れるんだ」
俺は端的に告げた。
「お前の爪と怪力で山肌を引っ掻き回せば、斜面が崩れる。雪崩が起きる。岩が降ってくる。原種を倒す前に、こっちが生き埋めだ。それに、周囲に避難している住民や、他の部隊がいれば巻き込む。二次被害、いや三次被害が出る」
俺の言葉に、デルタはきょとんとした顔をした。まるで「そんなこともわからないの?」と言われた子供のような顔だ。
「でも、あたしちゃんと敵だけ狙うもん。山なんて狙わないよ?」
「お前が狙わなくても、お前の衝撃波が山を砕くんだよ。湖の原種の時だって、お前が根を引き裂いたせいで、岸辺の土砂が崩れただろ」
「あれはちょっとやりすぎちゃったけど…でも、敵は倒せたじゃん!」
「倒せたからいいようなものの、もしシイナがあの下にいたらどうするんだ。お前の爪がシイナを巻き込むぞ」
デルタの顔から、少しだけ笑みが消えた。尻尾の動きが、ゆっくりと止まっていく。
「…しーちゃんは、やだ」
「だろうな。だから、制御が必要なんだ」
俺は端末の画面を切り替えた。原種のデータを閉じ、代わりに表示したのは、山岳地帯の地形図だ。
「お前には原種の懐へ飛び込む一番槍を任せる。お前の速さと頑丈さなら、正面突破はできる。だが、深追いするな。一撃加えて離脱する。それを繰り返せ」
「ちまちましててつまんないよ」
「不満なら留守番だ」
「やだ! 行く!」
「なら従え。お前が暴走したら、誰かが止めなきゃならない。そうなると戦力が割かれる。原種を倒すよりも、お前を止める方が難儀なんだよ」
俺の頭が痛くなってきた。本気で頭が痛い。原種の硬さや再生力よりも、こいつの暴走をどう防ぐかの方がよほど深刻な問題だ。
「はやてたちも同じ意見だ。なのはからは『デルタさんが暴走したら私が止めます』と、泣きそうな声で報告が来てる。フェイトに至っては『戦場配置から外してほしい』とまで言ってきた」
「フェイトの意気地なしっ! あたしはそんなに暴走しないよ!」
「するんだよ。お前はする」
俺は容赦なく断言した。事実だ。過去の戦闘データの八割は、こいつが暴走して台無しだったケースだ。
「というか、ボス。会議の内容、なんか変じゃない?」
デルタが首を傾げる。
「原種の倒し方より、あたしの動かし方の方が話長くない?」
「…気のせいだ」
嘘じゃない。気のせいだ。俺は認めないが、現状この作戦会議は「原種対策」ではなく「デルタ対策会議」に成り下がっている。敵の弱点よりも、味方の暴走を止める手立てを考える方が優先度が高いなんて、どこの世界もどうしようもない。
「いいか、デルタ。これだけは忘れるな。お前は強い。だからこそ、お前が暴れれば被害が出る。お前が戦場で一番危険なのは、原種じゃなくて、お前の爪と牙だ」
「…ボス、それ褒めてるの? 貶してるの?」
「事実を言っただけだ。お前が自分を制御できれば、原種なんて焚き木に変わる」
俺は立ち上がり、デルタの頭に手を置いた。獣耳の間をわしゃわしゃと撫でる。彼女は不満そうに唸ったが、振り払いはしなかった。
「制御しろとは言ったが、無理に押し殺せとは言わない。お前がお前のまま戦える場所は作る。ただ、外枠は守れ。それがルールだ」
「…わかった。外枠、守る。でもさ、枠が狭いと窮屈だよ?」
「枠を破ったら、飯抜きだ」
「それは困る! 守る! 絶対守る!」
尻尾が再び元気よく振り始めた。食欲が制御のキーかよ。まあいい、こいつはそういう奴だ。
「戻っていい。外周の警戒、頼んだぞ」
「はーい! あたし、走ってくる!」
デルタは風のように部屋を飛び出していった。嵐が去った後の静けさ。俺は再び椅子に座り、山岳地帯の地図を見つめた。
原種対策より、味方対策に時間を取られた。情けないが、これが現実だ。あいつの暴走を前提に配置を考えなきゃならない。最悪のケース、あいつが原種の山ごと崩し始めたら、俺が止めるしかない。
さて、どうやって止めるか。カード選びから始めなきゃならんな。