悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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草稿の隙間に

俺は廃工場の瓦礫の上に立ち、原種を見上げた。

 

朝日が甲殻を照らしている。鈍い金属的な光沢。あの装甲は、今の俺たちが持っている物理的な打撃をすべて弾く。デルタの爪が砕かれたのが証拠だ。

 

正面からでは無理。なら、裏から行く。

 

「シイナ」

 

呼ぶと彼女は俺の隣に並んだ。散弾銃を背負い左手のエンゲージリングを握りしめている。二ヶ月の特訓で炎の制御は完璧になった。だが今の彼女に必要なのは制御じゃない。凝縮だ。

 

「お前の炎を針にしろ」

 

「針?」

 

「さっきの花火みたいな拡散じゃない。一点に集中させた、細い炎だ。俺が道を開ける。お前はそこへ撃ち込む」

 

シイナは一瞬だけ俺を見た。青緑色の瞳が、何かを理解したようにわずかに見開かれる。

 

「内側から、焼くの?」

 

「あいつの外皮は硬い。だが中身まで硬いかは別だ。呼吸孔、関節の隙間、亀裂。どこでもいい。俺が亀裂を作る。お前がそこへ炎を送り込め」

 

「…わかった。やってみる」

 

シイナの左手がかすかに震えた。恐怖じゃない。集中だ。彼女の指先に橙色の光が集まり始める。凝縮。収束。広がる炎を一 点へ押し込む技術。訓練では何度もやった。だが実戦で、しかもあの巨体を相手にやるのは初めてだ。

 

俺はカードを抜いた。

 

「変身」

 

『KAMEN RIDE DECADE!』

 

マゼンタの装甲が展開する。だが今はディケイドのままじゃ足りない。あの装甲に亀裂を入れるには、速度が必要だ。物理的な重さじゃなく、加速の先にある衝撃。それを選べるライダーは一つ。

 

『KAMEN RIDE FAIZ!』

 

赤と黒の装甲が全身を覆う。ファイズ。光子血液の脈動が身体の内側から駆け巡る感覚。脚部装甲の靭性が跳ね上がり視界が研ぎ澄まされる。

 

「なのは、フェイト」

 

俺は振り返らずに言った。

 

「あいつが暴れたら周囲を塞げ。炎が逃げないように結界を張れるか」

 

「できます!」

 

なのはの声は即答だった。レイジングハートを構える気配がする。

 

「私も支援に入ります。結界の二重敷設で」

 

フェイトがバルディッシュをセットアップする音が続く。

 

「デルタ」

 

俺は瓦礫の陰に蹲っている獣娘の名を呼んだ。

 

「デルタ、今何できる?」

 

「ボスデルタ手、まだ治んないけど…」

 

デルタは砕けた右手を押さえながら顔を上げた。尻尾が力なく垂れ下がっている。だが目はまだ燃えている。

 

「瓦礫投げれる?」

 

「投げるだけなら余裕!」

 

「なら、あいつが暴れたら瓦礫をぶつけろ。狙わなくていい。注意を引くだけでいい」

 

「了解!」

 

デルタは左手で瓦礫を掴み始めた。砕けた右手は使えない。だが獣人の左手一本でも岩くらい軽々と持ち上げる。

 

「ゼータ」

 

「ここ」

 

声と同時に木陰からゼータが姿を見せた。金色の瞳が原種を冷徹に見据えている。

 

「逃がすな。こいつが暴れてどこかへ行こうとしたら止めろ」

 

「わかった。一匹も逃がさない」

 

全員の位置を確認した。なのはとフェイトは両翼。デルタは後方支援。ゼータは遊撃。シイナは俺の隣で炎を凝縮し始めている。

 

準備は整った。

 

俺は走り出した。

 

ファイズの脚力が地面を蹴るたびに瓦礫が砕ける。原種の正面へ一気に迫る。あいつはまだ動かない。だが俺が距離を詰めれば必ず反応する。前回と同じだ。角が旋回し、フリルが広がり、巨体がこちらへ向く。

 

来い。

 

原種の頭部が動いた。角が朝日を反射して白く光る。俺めがけて首を振り下ろしてくる。速い。だが見えている。

 

「遅い」

 

俺は左へ半歩踏み出し、角の風圧をかわした。髪が煽られる。至近距離。フリルの表面が目の前に迫っている。この分厚い甲殻に亀裂を入れる。

 

アタックライドカードをドライバーへ装填する。

 

『ATTACK RIDE EDGE TIME!』

 

ファイズの加速が限界を超える。世界がモノクロームに反転し原種の動きがスローモーションに落ちる。俺はライドブッカーを剣形態で振り抜いた。刃が光子血液の赤い軌跡を描きフリルの表面を走る。

 

ギギギッ

 

硬い。だが通る。刃が甲殻の分子結合を剥ぎ取るように滑り、一本の亀裂を刻む。ライドブッカーの加速が乗った斬撃はデルタの爪では届かなかった領域まで到達する。

 

亀裂は一本。長さは三十センチほど。だが深い。甲殻の層を三枚まで食い破っている。

 

原種が咆哮した。

 

初めて聞くあいつの声だった。地面を揺らす低周波の咆哮。耳の奥が痺れる。怒りだ。俺が装甲に傷をつけたことに気づいた。

 

「今だシイナ!」

 

俺は叫びながら離脱した。ファイズエッジが消える。速度が元に戻る。だがシイナはもう動いていた。

 

彼女は左手を掲げていた。指先に集まった炎は今まで見たどの炎とも違った。針だ。文字通り針のような形状に凝縮された橙色の光が一本、彼女の指先で震えている。細い。鉛筆の芯ほどもない太さ。だが熱量は凝縮されている分だけ密度が桁違いだ。

 

「そこだ!」

 

シイナが腕を振った。

 

針が飛んだ。直線ではない。シイナの意志に導かれるように、空気中で微妙に軌道を修正しながら原種のフリルへ向かう。そして亀裂の中へ吸い込まれるように消えた。

 

一瞬の静寂。

 

次の瞬間原種の体内で光が炸裂した。

 

甲殻の内側から橙色の光が漏れ出す。亀裂から炎が溢れ呼吸孔から白い蒸気が噴き出し関節の隙間から火の粉が散る。外皮は無傷だ。だが内側で何かが燃えている。

 

原種が苦悶の咆哮を上げた。

 

さっきとは違う声だった。怒りじゃない。痛みだ。巨体がのけぞり足が瓦礫を蹴散らす。廃工場の残骸が崩れ鋼鉄の梁きが宙を舞う。

 

「来る!」

 

なのはの声と同時に原種が暴れ始めた。

 

巨体が横転する。地面が揺れる。瓦礫の山がなぎ倒され錆びた配管が弾け飛ぶ。原種は自分の体内で燃える炎を振り払おうとしている。だが炎は内側にある。振り払えるわけがない。

 

「結界展開!」

 

なのはがレイジングハートを掲げた。

 

『プロテクション!』

 

桜色の結界が廃工場の周囲に展開する。同時にフェイトが反対側から金色の結界を敷いた。

 

『ディフェンダー!』

 

二重の結界が原種の暴れる範囲を封じ込める。炎が外へ逃げないためだ。シイナの炎が内側で燃え続けるには逃げ場をなくす必要がある。

 

「うおおおお!」

 

その時デルタが叫んだ。

 

砕けた右手を押さえたまま左手で瓦礫を掴み原種の頭部へ向けて投擲した。岩塊が放物線を描いて飛び原種の角へ命中する。もちろん効きはしない。だが原種の頭部が一瞬だけデルタの方へ向いた。

 

「こっち見ろバカでかい!」

 

デルタはもう一塊投げた。今度はフリルに当たる。原種が再びデルタへ意識を向ける。

 

いい判断だ。

 

俺はその隙に次の亀裂を作りに行った。ライドブッカーを構え直し原種の胴体側面へ走る。フリルだけじゃない。胴体の関節にも隙間がある。膝、肘、肩。節の部分は甲殻同士が重なり合っているが重なり目は必ずある。

 

「シイナ、次は胴体だ。膝の関節へ撃て」

 

「膝…! 了解!」

 

シイナは左手を振り炎の針を再び凝縮し始めた。だが手元がかすかに揺れている。消耗しているのだ。あの凝縮した炎は制御に集中力を喰う。

 

俺はファイズの加速で原種の膝関節へ到達した。

 

甲殻が重なり合う部分に刃を滑らせる。ファイズエッジは使わない。さっきの亀裂より浅い。だが構わない。刃先が甲殻の隙間に食い込み関節の可動部へ到達する。

 

「開いたぞ!」

 

シイナの二射目が飛んだ。

 

針のような炎が関節の隙間へ吸い込まれる。今度は即座に反応が出た。原種の脚が折れ曲がり巨体が傾く。膝から炎が噴き出し関節周辺の甲殻が内側から焼かれ変色していく。

 

原種が倒れた。

 

地面を揺らす衝撃。瓦礫が跳ねる。結界がきしむ音となのはとフェイトが結界を維持するため力を込める気配が伝わる。

 

だがまだ終わりじゃない。

 

原種はまだ燃えている。体内で炎が暴れ回っている。再生しようとしているのだ。傷口から新たな組織が芽吹き炎を押し出そうとしているのが見える。生命力が桁違いだ。内側から焼かれてもまだ再生できる。

 

「シイナ、もう一本だ。仕留めろ」

 

俺は叫んだ。

 

シイナの顔が歪んだ。苦痛ではない。疲労だ。額から汗が滴り肩が上下している。炎の針をあと一本撃てるか。

 

「…やる」

 

シイナは歯を食いしばった。左手を掲げる。エンゲージリングが激しく点滅している。指先に炎が集まる。だが前の二本より細い。揺れている。

 

「セツナ…あたしに力を貸して」

 

呟きと共に炎が形を成した。針だ。前の二本より細いけれど確かに針だ。

 

原種の口が開いていた。咆哮のためではなく呼吸のためだ。体内の炎を吐き出そうとしているのか口から白い蒸気が噴き出している。

 

そこだ。

 

「口の中へ!」

 

シイナが腕を振った。

 

針が飛んだ。原種の開いた口の中へ吸い込まれるように消える。

 

一瞬何も起きなかった。

 

それから原種の全身が内側から光った。

 

甲殻の隙間という隙間から橙色の光が漏れ出す。呼吸孔からフリルの亀裂から関節の隙間から膝の傷口から全身から一斉に炎が溢れ出した。

 

原種が咆哮しようとした。だが声にならない。喉の奥で炎が燃やし尽くしているからだ。巨体が痙攣し脚が空を切り尾が地面を叩く。結界の中で黒い粒子が舞い始める。

 

再生が追いつかなくなっているのが見えた。傷口から新たな組織が芽吹こうとしても炎に焼かれて消える。再生の速度を焼却の速度が上回ったのだ。

 

「…消えていく」

 

シイナが呟いた。

 

原種の巨体が黒い粒子となって崩れていく。頭部から始まりフリルが崩落し角が折れ胴体が崩壊する。粒子となった部分から朝日が透けて見える。

 

最後に残った脚が灰のように崩れ落ち風に散った。

 

結界の中には黒い粒子の残滓だけが渦を巻いていた。

 

静寂が戻ってきた。

 

俺は変身を解除し膝をついたシイナの方へ歩み寄った。彼女は地面に両手をつき肩で息をしている。左手のエンゲージリングの光がさっきまでより弱くなっていた。

 

「大丈夫か」

 

「…大丈夫、大丈夫だから…ちょっとだけ、休ませて」

 

シイナは顔を上げずに言った。声は掠れている。

 

俺は彼女の前にしゃがみ左手を掴んだ。リングの光は確かに弱くなっている。手の甲には細かな火傷の跡があった。炎を凝縮しすぎた代償だ。

 

「セツナとの繋がりに影響が出るか」

 

「…わからない。でも、リングまだ光ってる。大丈夫…だと思う」

 

シイナはそう言って笑おうとした。だが笑みはすぐに消えた。

 

「あたし、すごい力吸収してるよね原種の」

 

「ああ」

 

「これ暴走したりしないかな」

 

俺は答えなかった。

 

代わりに彼女の手を離し立ち上がった。

 

「暴走したら俺が止める」

 

シイナは顔を上げた青緑色の瞳が揺れている。

 

「ツカサさん」

 

「今は休め。次の原種まで時間があるわけじゃないが今のお前に必要なのは休息だ」

 

シイナは小さく頷きそのまま地面へ座り込んだ。

 

後方でデルタが「やったー!」と叫びながら瓦礫の上に飛び乗っている。なのはとフェイトは結界を解き微笑みながらこちらへ歩いてくる。ゼータは音もなくシイナの隣へ降り立ち戒指元を覗き込んでいる。

 

二体目の原種は消えた。

 

だかり残る問題は消えていない。

 

シイナの炎の消費は激しかった。リングの光は弱まりセツナとの繋がりに何らかの影響が出ている可能性がある。そして吸収した原種の力これまで以上に大きい。

 

あいつの身体の中で何かが変わろうとしている。

 

俺にはそれ以上を読むことはできない。

 

ただ見守るだけだあいつが自分で立ち上がるまで。

 

それはいつだって俺たちのやり方だからだ。

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