悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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不穏な予言

近隣グラウンドは、休日になると妙に賑やかになる。小学生の試合だの、父兄の声だの、審判役の先生だの。輪の中心にいるのは子どもたちのはずなのに、空気を動かしているのはだいたい大人の都合だ。俺はフェンス際の通路を歩きながら、そんなことをぼんやり考えていた。見た目は小学生――むしろ新入生に紛れても違和感がない。なのに首から下げた学校関係者の証と、目だけは妙に冷めていて、近づく人の足を止めさせる。

 

隣を歩くデルタは、反対に視線があちこちへ泳いでいた。売店の湯気。屋台の油。グラウンドの芝の匂い。試合の笛。全部が獲物みたいに気になるらしい。俺が歩幅を合わせてやらないと、すぐにどこかへ突っ込む。

 

「ボス、あれ、いい匂いなのです」

 

「勝手に突っ走るな。今日は観に来ただけだ」

 

「観るのです。あと、食べるのです」

 

「順番が逆だ」

 

デルタは不満そうに鼻を鳴らしたが、素直に俺の半歩後ろへ下がった。その従順さがまた、周囲の視線を変に引き寄せる。フェンス際で場所取りをしていた父兄たちが、ちらちらと二人を見てひそひそ話す。

 

「え、あの子が……保護者?」

「いや、でもあっちの子、どう見ても先生の証つけてるわよ」

「先生……? 小さくない?」

「逆に、隣の子の方が年上っぽいのに……」

 

俺は耳に入っても、気にしないふりをした。慣れている。三年もこの格好で教師をやっていれば、驚かれない方がおかしい。問題は、驚いたあとに距離を取るか、馴れ馴れしく詮索してくるか、その二択だ。

 

「先生っ、こっち空いてます!」

 

声をかけてきたのは、顔見知りの教員だった。俺は軽く顎で返事をして、勧められたベンチの端に腰を下ろす。デルタは当然のように俺の隣に座り、膝の上に置いた紙袋を抱え込んだ。中身はさっき俺が「勝手に買うな」と言いながら結局買ってやった、からあげ棒とジュースだ。

 

「……ボス、優しいのです」

 

「静かにしろ。試合始まる」

 

「はいなのです」

 

返事だけはやけに礼儀正しい。直後にデルタはからあげ棒を一口で半分持っていき、満足そうに目を細めた。その姿だけ見れば、ただの食いしん坊だ。さっきまで空間を歪ませるような力を振るっていた影はどこにもない。俺は、その落差が少し腹立たしい。戦いが終われば、全部を忘れて次の匂いに釣られる――それで生き残れてしまうからこそ、余計に危うい。

 

試合が始まる。ボールが転がり、子どもたちが追いかけ、父兄の声が波みたいに上下する。俺は拍手もせず、ただ動きを見ていた。怪我をしそうな接触がないか。熱中して周りが見えなくなる瞬間がないか。癖みたいな観察だ。世界が違っても、人が集まれば事故は起きる。ましてこの街は、ここ最近、妙な気配が増えている。

 

背後から、軽い笑い声が聞こえた。試合を観ているはずの場所で、妙にのんびりした声だ。

 

「もうすぐ救急車が鳴る。試合のせいじゃないけどね」

 

俺は振り向いた。観客席の一段上、紙コップ片手に座っている女――雑賀蛍。初対面のはずなのに、目が合った瞬間の距離感が妙に近い。知らないはずのこちらを、品定めするみたいに見ている。

 

「縁起でもねぇこと言うな」

 

蛍は肩をすくめるだけで、悪びれもしない。

 

「縁起の話じゃないよ。鳴るものは鳴る。面白いのは、鳴る前の顔」

 

「……何が言いてぇ」

 

「別に。試合はいいね。勝っても負けても泣けるから。外の方がもっと泣けるけど」

 

俺は鼻で笑って、前へ向き直った。戯れ言だ。予言ごっこか、そういう手合いの悪趣味か。相手にする価値はない――そう判断した、はずだった。

 

隣のデルタが急に顔を上げた。からあげ棒を咥えたまま、鼻先を小さく動かす。

 

「……ボス。変な匂い、するのです」

 

「何の匂いだ」

 

「焦げ……鉄……あと、甘い。いや。甘いのはこっちなのです」

 

デルタは自分の紙袋を見て首を傾げ、次の瞬間、グラウンドの外――風下の方角へ視線を固定した。さっきまで食べ物しか見ていなかった目が、狩りの目になる。俺の中で、蛍の言葉が一段だけ重くなる。救急車。鳴る前の顔。鳴るものは鳴る――。

 

俺は立ち上がり、デルタの襟首を掴んだ。

 

「走るな。勝手に突っ込むな。俺の横で動け」

 

「でも、匂い――」

 

「だからだ。匂いで釣られるな。状況を見ろ」

 

デルタは不満そうに頬を膨らませたが、次の瞬間には短く頷いた。

 

「……はいなのです。ボス、いっしょなのです」

 

背後で、蛍が楽しそうに息を吐く気配がした。俺は振り返らない。振り返ったら、余計なものまで見えてしまいそうだった。

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