悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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炎と獣

俺は縁側に腰を下ろし、温くなった茶を啜った。

 

庭先では、二つの影が向き合っている。

 

片方は右手を包帯で巻かれた獣人の少女。もう片方は左手のリングを握りしめた島のハンター。どちらも今のところ本調子じゃないが、だからこそちょうどいい。

 

「いいかシイナ。デルタは手加減ができない奴だ。だからお前が火力を調整して制御するんだ。向こうが来る前に、お前が止めろ」

 

「えっ、あたしが制御するの?」

 

「あたりまえだ。お前が炎を散らかすと俺の家が燃える」

 

「燃やさないよ!」

 

「以前俺の旗を燃やしたのは誰だ」

 

「あれは不可抗力……」

 

「言い訳はいい。始めろ」

 

シイナは左手を掲げ、指先に小さな火球を灯した。橙色の光が夕暮れの庭を柔らかく照らす。サイズは野球球ほど。だが熱量はまだ荒い。火球の輪郭がぶれ、周囲の空気が陽炎のように揺れている。

 

「デルタ、軽く頼むぞ」

 

「軽く? ボス、デルタに軽くって無理でしょ」

 

「無理でもやれ。お前の爪が治るまではこれしかない」

 

「うーん……じゃあ、デルタ行くよ!」

 

叫ぶやいなやデルタが地面を蹴った。

 

速い。右手が使えなくても獣人の脚力は常人の比じゃない。三歩で距離を詰め左手を振りかぶる。手加減などという言葉は存在しないみたいな全力の一撃だ。

 

「ちょっと待っ――」

 

シイナが反応した。火球を前方へ押し出す。炎が展開し、デルタの左手を受け止めた。だが熱量が強すぎた。デルタの前髪が焦げる。

 

「あつっ! シイナ強すぎ!」

 

「ごめん! 加減わかんない!」

 

「わかんないってデルタに向かって言うな!」

 

二人が同時に叫んで離れる。シイナは左手を振って熱を散らし、デルタは焦げた前髪を右手で確認する。包帯がずれたが気にしてない。

 

「もう一回」

 

「うん、もう一回」

 

二度目はシイナが先に火球を作った。今度は小さくした。リンゴほど。凝縮。針で突いた時の技術を応用している。だが今度は逆に弱すぎた。デルタの手が炎を突き抜けてシイナの肩に届きそうになる。

 

「あ、ごめん」

 

「ごめんじゃなくて当ててよ」

 

「当てたら火傷するでしょ」

 

「火傷上等」

 

「いや上等じゃないでしょ」

 

「上等だし」

 

「上等じゃないの!」

 

俺は縁側で茶を啜った。口元が少しだけ緩むのを自覚した。こいつら似た者同士だ。どちらも不器用で、どちらも自分が壊れることより相手が壊れることを気にする。

 

「三本目」

 

「三本目、行くよ」

 

デルタが少し離れた。今度は速度を落とす。歩幅を小さく、近距離で手を出す。軽く当てるつもりだ。だがデルタにとって軽いは普通の人間にとっては全力だ。

 

シイナは火球の大きさを調整した。リンゴより少し大きく、掌に収まる程度。熱量を保ったまま広げる。広げた分だけ衝撃を分散させる。火傷はしないが、押し返す力はある。

 

「もらった!」

 

デルタの左手が火球に触れた。

 

弾けた炎が二人の間で花火のように散る。デルタの手が止まった。火球は砕けたが衝撃は殺された。シイナの肩には届いていない。

 

「今の、いい感じじゃない?」

 

「そう? でも手が熱くなってきた」

 

「手が熱くなるのはデルタの問題でしょ」

 

「デルタの問題って何」

 

「耐熱性が足りない」

 

「あたしの耐熱性舐めないで」

 

二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。

 

昼間の戦闘で砕けた右手はまだ包帯の下で再生中だ。シイナの炎もまだ不安定だ。どちらも万全じゃない。だがこの数分で、二人の間には確実に何かが変わった。

 

「もう一回」

 

「うん。今度はデルタが引くから、シイナが当てて」

 

「えっ、あたしが?」

 

「さっき火球砕かれたでしょ。今度は崩さないで当ててみな」

 

「無茶だよデルタ」

 

「無茶はお互い様でしょ」

 

デルタが両手を挙げ構えを作った。右手は包帯で固まっているが左手は自由だ。左手一本でシイナの炎を受け止めるつもりだ。

 

シイナは深呼吸をした。肩が上下する。左手のリングが夕日を浴びて橙色に光る。火球が灯る。今度はもっと安定している。輪郭がぶれない。

 

「行くよ」

 

シイナが踏み込んだ。

 

火球が真っ直ぐに飛ぶ。凝縮された炎は広がらず、一つの塊としてデルタの左手へ向かう。

 

デルタは受けた。左手の掌で火球を押し返す。熱が伝わる。だが耐える。

 

「いい感じ!」

 

「え、本当?」

 

「うん。でもまだちょっと熱い」

 

「ごめん」

 

「謝るな。もっと絞れ」

 

「絞るって言われても」

 

「感覚でいいから」

 

二人は離れて、また向き合う。

 

俺は茶椀を置いた。中身はとっくに冷めている。構わない。見守るのが悪くない時間だ。

 

十回目くらいで、シイナの火球はようやく安定した。デルタの手が焦げることはなくなった。代わりにデルタが自分から踏み込む速度が少しずつ上がり始めた。手加減が苦手なのだ。我慢の限界が来たらしい。

 

「デルタ手加減できてない」

 

「してるもん」

 

「してないよ。だんだん速くなってる」

 

「してるのにシイナが弱いだけ」

 

「弱くないし」

 

「じゃあ受けてみな」

 

「受けるよ」

 

十一回目。デルタが本気に近い速度で踏み込んだ。シイナは反応したが火球が間に合わない。

 

「あっ」

 

デルタの左手がシイナの肩を掴んだ。

 

だが掴んだだけだ。爪は伸びていない。力も込めていない。ただ手を置いただけ。

 

「…捕まえた」

 

デルタがにやりと笑った。犬歯が夕日に光る。

 

シイナは一瞬だけ目を丸くしてから、呆れたように息を吐いた。

 

「あたしの負け?」

 

「負け。でも惜しかったよ」

 

「ほめ言葉にしては力度が足りない」

 

「何それ」

 

二人は向き合ったまま、しばらく笑い合った。庭の夕暮れが、二つの影を柔らかく包んでいた。

 

俺は立ち上がった。茶椀を手に持ったまま、二人の方へ歩く。

 

「終わりにするか。日が落ちる」

 

「あ、ツカサさん。見てた?」

 

「見てた。十一回目は悪くなかった」

 

「十回目も褒めてくれないの」

 

「十回目は火球が歪んでた」

 

「うぅ」

 

「でも十一回目は受けた。お前が踏み込む前に炎を送れた。踏み込まれた後に修正できた。成長だ」

 

シイナは目を丸くしてから、小さく笑った。デルタは胸を張っている。爪の再生はまだ先だが、今の練習が明日の実戦に繋がればいい。

 

「ボスもやる?」

 

「俺はパスだ。お前らの相手は夜で十分だ」

 

「えー」

 

「えーじゃない。飯にするぞ。腹が減った」

 

「肉!」

 

「ツカサさん、あたし今日お米研いでおいたから」

 

「偉い。じゃあ米を炊け。俺は肉を焼く」

 

「デルタも手伝う!」

 

「手は包帯だらけだろ。洗ってから来い」

 

「はーい」

 

二人が並んで家の中へ入っていく。包帯を巻かれた右手と、リングを光らせた左手が、並んで揺れる。

 

俺は縁側に一人残り、最後の夕日を眺めた。

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