悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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空飛ぶ魚

作戦室の空気は、相変わらず重苦しかった。

モニターに映し出された映像が、その原因だ。雲の切れ間を、巨大な影が滑っていく。鳥ではない。魚だ。見間違えるはずがない、あのひれと鱗、そして水中を泳ぐような動きで空を切り裂くその姿は、まごうことなき魚型の原種だった。

 

「飛行魚型…と、いうことか」

 

俺は腕を組み、モニターを見上げた。はやてが共有してきたデータが、画面の端に次々と表示されていく。

 

「せや。最後の原種は、空中からの攻撃に特化しとる。地上に降りてくることはほとんどないらしい」

 

通信画面の向こうで、はやてが眉を寄せる。空中を移動し、上空から周囲に酸液や刺などを降り注がせるのが、こいつの狩りの手法らしい。まさに空からの災害だ。

 

「空を飛ぶ侵略種、か。散弾銃じゃ届かないね」

 

シイナが唇を尖らせて言った。彼女の持つ武器は、どれも地上からの迎撃に適したものばかりだ。空を飛ぶ相手に、対物狙撃銃を当てるのは至難の業だ。ましてや、あの速度で雲間を泳がれては照準すら追いつかない。

 

「あたしの炎も、そこまで届くかどうか…」

 

シイナが自分の左手、エンゲージリングを見つめて呟く。不安が声に滲んでいた。

 

「ツカサ、空中戦の適正があるライダーはある?」

 

ゼータが隣から短く問いかけてくる。俺は視線をモニターから外さず、頭の中で手持ちのカードを並べた。空を飛べるライダーは何人かいる。だが、あの速度と再生力を持つ原種相手に、ただ飛ぶだけでは不利だ。

 

「候補はある。だが、相手が魚型なら水にも強い奴がいい。それに、空中であのデカい図体を拘束できる手札が必要だ」

 

俺が答えると、作戦室のドアが無遠慮に開いた。

 

「データ、持ってきた」

 

ふにふにした声と共に、白衣を翻した小柄な影が入ってくる。イータだ。いつものように眠そうな半開きの目を細め、片手には端末、もう片方の手には使い込まれたタブレットを抱えていた。

 

「イータ、デルタは?」

 

「寝てる。回復にはまだ時間がかかる。だから、代わりに私が来た」

 

イータは挨拶もそこそこに、空いているコンソールへ向かう。端末を接続し、指を高速で操作し始めた。眠そうな顔から一転して、瞳だけが鋭く光っている。

 

「この原種、気になる。飛行魚型の侵略種は過去にも確認されてるけど、原種クラスのサイズだと、浮力の発生原理が普通じゃない」

 

「浮力? 空を泳ぐのに浮力なんて必要ないだろ」

 

「必要。重力を無視してるわけじゃない。あの動きは、空気を水のように認識して操作してる可能性が高い」

 

イータの言葉に、シイナが目を丸くした。

 

「空気を水に…? じゃあ、あいつにとって空は海ってこと?」

 

「そう。だから、地上にいる私たちは、水底にいるのと同じ。上から見られ放題」

 

イータはモニターの映像を拡大し、原種のひれの動きを解析し始めた。まだ弱点の特定には至っていないが、このまま解析を進めれば、有効な攻撃手段が見つかるかもしれない。

 

「上から見られ放題、か。面白い言い方だ」

 

俺はライドブッカーの柄に指をかけた。空を飛べ、空気を操れる相手。空中戦の準備が必要だ。シイナの炎だけでは、空気の抵抗に負ける可能性がある。

 

「シイナ、お前の炎を空まで届かせる方法を考えるぞ。イータの解析が出るまで、訓練メニューを変える」

 

「えっ、また強化訓練?」

 

「文句を言うな。空を飛ぶ魚を焼くには、火力だけじゃなく届く距離が必要だ」

 

俺はもう一度モニターを見上げた。雲間を泳ぐ巨大な影。あれを落とすには、空中で戦える力と、上空まで届く一撃が必要になる。

 

作戦室の空気は、モニターから流れ出すデータの量に比例して重くなっていた。

イータの指が高速で端末を叩く音だけが、規則的に響いている。彼女の瞳は眠そうな半開きのまま画面上の数値を追っていたが、その焦点は鋭く研ぎ澄まされていた。

 

「解析結果、出た」

 

ふにふにした声でイータが言うと、メインモニターの表示が切り替わった。雲海を泳ぐ原種の映像に、複数の数値と軌跡が重ね合わせて表示される。

 

「こいつ、雲の中がメインの行動範囲だね。高度五千から八千。常に雷雲の中に潛んでる」

 

「雷雲の中かよ。随分と高いところに住んでるな」

 

俺は腕を組み、モニターを見上げた。ただでさえ空を飛ぶ魚だ。その上、雲の中となると、捕捉するだけでも一苦労だ。

 

「ただ潛んでるだけじゃない。この数値、見て」

 

イータが指差したのは原種の周囲の電荷データだった。通常の雲よりも遥かに高い数値が表示されている。

 

「周囲の雷雲を利用して、自分の周りに電撃のフィールドを形成してる可能性が高い。触れれば感電、近づけば放電。近接戦闘はかなり危険だね」

 

「空から降ってくるのは酸液だけじゃないってことか。面倒な野郎だ」

 

ゼータがコンソールの縁に手をかけ、補足するように口を開いた。

 

「それだけじゃない。あの動きの源も判明した」

 

彼女の視線がモニター上の一点に止まる。原種の腹部、少し膨らんだ箇所だ。

 

「浮遊器官。ここで重力を操ってる。空気を水みたいに認識してるって話はさっきしたけど、その源がここ。ここが機能してる限り、あいつは空の海で無敵だね」

 

「無敵ね。随分と便利な器官を持ってるじゃねえか」

 

俺は鼻を鳴らした。空中機動、電撃攻撃、そして浮遊器官。どれを取っても厄介な揃い踏みだ。しかもこいつは空の上にいる。地上からの迎撃じゃ、届く攻撃も限られる。

 

「ツカサさん…」

 

隣から不安を含んだ声が聞こえた。シイナが自分の左手、エンゲージリングを見つめながら唇を噛んでいる。

 

「あたしの炎も、空中じゃ拡散しちゃうかもしんない。風も強いし、雨も降ってる。地上で撃つより、ずっと火力が落ちちゃう」

 

彼女の懸念はもっともだ。シイナの炎は強力だが、あくまで射程と密度が前提にある。空中で風に晒されれば、針のような炎も霧散してしまうだろう。ましてや雷雲の中だ。水蒸気の量も桁が違う。

 

「拡散するか。なら尚更、ちまちました射撃戦じゃ勝ち目がないな」

 

俺は地図上に表示された原種の予測進路を睨んだ。沿岸部を旋回しながら、時折地上へ降下しては被害を拡大させるパターン。地上に降りてくる瞬間を狙うか、それとも。

 

いや、降りてくるのを待つのはリスクが高い。降下する時は一番凶暴な狩りを行う時だ。

 

「地上から狙うか、空へ行くか。どっちにしろ、あの浮遊器官を狙わないと意味がない」

 

俺は呟いた。空中の標的へどうやって近づくか。そしてどうやって致命的な一撃を与えるか。それが今回の最大の課題だ。

 

「イータ、その浮遊器官を破壊できたらどうなる」

 

「空から落ちる。ただし高度八千メートルからね。墜落するエネルギーも馬鹿にならない」

 

「落ちてくるなら、落ちてきたところを叩けばいい。問題はどうやってそこへ届くかだ」

 

俺はポケットの中のカードを指で弾いた。空を飛べるライダーは何人かいる。だがあの電撃フィールドの中へ飛び込んで、尚且つ高速で移動する標的に取り付けるか。シイナの炎をどうやって届かせるか。

 

「ゼータ、お前ならあいつの背中に取り付けるか」

 

「可能だと思う。でも電撃の届かない死角を探すには時間がかかる。それに、あたしが張り付いてる間に攻撃する手段が必要だね」

 

「ツカサさん、あたしも何かできないかな。空中でも火力さえ届けば…」

 

シイナが上目遣いで俺を見た。不安の中に諦めきれない闘志が見える。

 

「火力を届かせる方法を考える。お前の炎を無駄撃ちさせるわけにはいかないからな」

 

俺はモニターを振り返った。雲間を泳ぐ巨魚。雷を纏い、空を支配する怪物。攻略の糸口はまだ見えかけたばかりだ。だがやるしかない。

 

「空中制圧と的確な一撃。それが最低条件だ。それ以外は現地へ行ってから考える」

 

俺は踵を返した。作戦室を出るために。考える時間が必要だ。次の手を決めるために。

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