雲が裂けた。
鉛色の空に浮かぶ傷口から、巨大な影が滑り出る。飛行魚型の原種。ひれが空気を掴み、鱗が湿った光を弾く。あいつは、こっちを見ている。いや、正確には、こっちがいる地面そのものを見下ろしている。
「来るぞ!」
俺が叫ぶより早く、あいつの身体が震えた。
鱗が、剥離した。
一斉に。数千、いや数万の鱗が、巨体から弾け飛ぶ。光を反射して、きらきらと瞬く。まるで逆さの流星群だ。だが、あれは星じゃない。鋭く硬化した、牙の群れだ。
ドドドドドドドッ!
轟音が地面を叩いた。
それは機銃掃射だった。
降り注ぐ鱗弾が、アスファルトを粉砕し、鉄骨を貫き、車をスクラップにしていく。鉄を叩く音、石が砕ける音、何かが弾ける音が重なり合い、鼓膜を直接殴るような暴力音になる。
「くそっ、撒き餌かよ!」
俺は崖の陰へ滑り込んだ。直後、頭上の岩肌がばりばりと削り取られる。砕けた石片が顔へ飛んでくる。腕で覆って耐える。硬い。重い。ただの鱗じゃない。あいつらは空気抵抗すら無視して飛んでくる。
「ツカサ! 範囲広すぎる!」
ゼータの声が爆音の向こうから聞こえた。彼女はシイナを抱えて瓦礫の裏へ回っている。シイナが左手を掲げ、炎の壁を展開しようとしているのが見えた。だが、あの密度の弾幕だ。炎で焼き尽くす前に、隙間から抜けていく鱗弾がある。
「物理攻撃だね! 電撃じゃない!」
イータが装置の陰から叫ぶ。端末を操作する指が止まらない。
「初速が速い! 落下速度だけでこの貫通力! あの鱗、空気抵抗がないってことだよ!」
空気抵抗がない。つまり、飛ぶために最適な形をしているということだ。そして降り注ぐ角度も、避ける隙間も与えないほどの密度で撃ち込んでくる。
俺は崖の縁から覗き込んだ。原種はまだ雲の下にいる。ひれを休めることもなく、ただ鱗を撒き散らし続けている。あれじゃ近づけない。空へ飛べば、今度はあの鱗弾の真っ只中へ飛び込むことになる。
「どうする! このままじゃ釘付けだ!」
シイナが叫ぶ。炎の壁がかすかに揺らいでいる。維持するので精一杯だ。イータの解析を待つには、あまりに火力が高すぎる。
俺はカードを握りしめた。防御。あるいは突破。選べる手はある。だが、どれを選んでも一歩間違えれば終わりだ。
弾幕は止まない。空から降る鉄の雨が、俺たちを地面へ縫い付けていた。
言葉はいらない。俺はカードを引き抜き、ドライバーへ叩き込んだ。
『KAMEN RIDE BLADE!』
青い装甲が、雷鳴の下で展開する。重厚なプロテクターが全身を包み、右手には重剣ブレイラウザーが握られる。その重量感が、今の俺には頼もしい。
頭上から降り注ぐ金属の雨。瓦礫の陰から飛び出すと同時に、それが正面から降ってきた。
「おらっ!」
ブレイラウザーを、盾のように構える。
ガギンッ! ギギギッ!
鋭い衝撃が刃を伝い、腕へと突き抜ける。硬い。重い。ただの鱗じゃない。これだけの初速と質量を持った弾丸だ。剣で受け止めても、弾くというより押し切られる感覚だ。火花が青い装甲の目の前で散り、焦げた金属の匂いが鼻腔を突く。
一発、また一発。防ぐことはできる。だが、それだけだ。
隙を見て、斬り払う。放物線を描いて迫る鱗弾を、横薙ぎに弾き飛ばす。二発、三発と空中で粉砕するが、切れ目なく次が来る。剣を振り抜いた反動で体勢がわずかに崩れた瞬間、すぐ横の地面が蜂の巣のように抉られた。
浅い。俺の剣が届くのは、ここまでだ。
見上げれば、原種は悠々と雲間を泳いでいる。距離がありすぎる。地上で弾幕を防いでいては、いつまで経ってもあいつの懐へは飛べない。
(これじゃ、釘付けだ)
ブレイドの装甲で耐えながら、俺は舌打ちした。剣で守ることはできても、剣で斬り抜けるタイミングが作れない。空中の敵に、地上からの迎撃だけじゃジリ貧だ。だが、かといってこのまま飛び上がれば、あの鱗弾の餌食になるだけだ。
青い剣士のまま、俺は瓦礫の影で息を殺す。どう動く。どう距離を詰める。頭の中で次の手を探しながら、それでも目の前の攻撃を剣で受け流し続けるしかなかった。