「これじゃ、空の魚にエサをまいてるだけだな」
地面に刻まれる弾痕の数を目で追いながら俺は吐き捨てた。鱗弾の嵐はまだ続いている。ブレイラウザーで弾いても、軌道を逸らしても何かが変わるわけじゃない。時間が経つほどアスファルトは砕け、周囲の遮蔽物が削れていく。守っているだけではいつか押し切られる。
「なら、手札を切るまでだ」
俺は左手をライドブッカーへ伸ばした。指先が目当てのカードを迷わず引き抜く。何枚もある中から選ぶのはいつものことだ。戦況に合わない札を使うほど、この戦いは甘くない。
『FORM RIDE! BLADE! JACKFOAM』
ジャックフォーム。装甲が内側から膨張するように変形を始める。まず背中。肩甲骨の裏から、金属製の翅が左右へ展開する。鷹の翅を模した重厚なオーバードーブレストが全身を覆うように装着された。青と銀の装甲が、厚く、鋭く、重くなる。
体全体が、別の質量になったようだった。
「っ…!」
胸の奥から力が溢れてくるのがわかる。ブレイラウザーを持つ腕が軽く感じる。重心がぶれない。視界が高くなる。背中の装甲が、雷鳴に照らされてギラリと光った。
鱗弾が降る中で、俺は一度だけ息を吐いた。
「行くぞ」
地面が沈み込む。装甲越しでも伝わる、足の裏の反発。跳躍力がさっきまでとはまるで違う。夜空へ向かって、青い影が一直線に駆け上がっていく。風を切り裂く音さえ今は自分の一部のように聞こえた。
鱗弾の雨が、遥か下でアスファルトを穿つ。今はそのどれも俺に届かない。
「取り込んだなジャックフォーム。次は、こっちからだ」
高度が上がるたび空気が冷えて薄くなる。雷雲の中へ接近する。稲妻が、俺の装甲の縁を白く照らした。まだだ。まだあの魚へ手が届かない。
「もう少し、上だ」
ざわつく風が身を切る。俺は更に強く、空へ向かって身を投げた。
空中で、鱗が吠えた。
正面から降り注ぐ金属の雨。一発一発が俺の装甲を叩く音は、もはや個別の打撃じゃない。壁だ。音の壁が迫ってくる。
「遅い」
ブレイラウザーを振る。強化された刃が、飛来する鱗を真っ二つに割る。手応えはある。さっき地上で受けていた時とは質が違う。ジャックフォームの腕力が乗った一撃は、あの硬い鱗を紙みたいに両断する。
ガギンッ!
二発目。三発目。切り払うたびに火花が顔面を舐める。金属同士が激突する耳障りな音が連続して鼓膜を殴る。砕けた鱗の破片がマスクの表面を撫でていく。鋭い。だが貫通はしない。ジャックフォームの装甲なら、この程度の弾幕は耐えられる。
いや、耐えるだけじゃない。
俺は空中で身体をひねった。右へ半回転。放物線を描いて迫ってきた鱗の群れを、背中のオーバードーブレストで受け流す。衝撃が背骨へ伝わるが、体勢は崩れない。そこから更に踏み込むように空中で脚を振り、左へ旋回。死角から飛んできた一発をブレイラウザーの平らな面で弾き飛ばす。
弾かれた鱗が別の鱗にぶつかり、軌道が逸れる。一瞬だけ、弾幕に隙間ができた。
そこだ。
俺は身体を折りたたむように縮み、その隙間へ滑り込んだ。風が装甲の隙間を削る音が変わる。下から上へ。重力に逆らって加速している感覚が、全身の筋肉を焼く。
高度が上がるたびに空気が薄くなる。肺が痛い。だが止まらない。
原種の姿が、どんどん大きくなっていく。さっきまで雲の向こうの影だったものが、今は目の前の壁になりつつある。腹部が見えた。白濁した鱗がびっしりと張り付き、一枚一枚が人の頭ほどの大きさがある。表面は濡れている。空気中の水分を吸い取って、自分の装甲にしているのだ。あの鱗一枚一枚が、さっき地上へ降らせた弾丸の元だ。数千枚、いや数万枚。それが今は俺の目の前にある。
近い。
ブレイラウザーを構え直す。刃の先が、原種の腹部まであと五メートル。いや三メートル。鱗の一枚が、目の前に迫る。表面の質感が見える。細かい溝が走り、濡れた表面が雷光を反射してぎらぎらと光っている。
「ここまで来れば、もう逃がさない」
俺はブレイラウザーを振りかぶった。刃が雷光を反射して青白く光る。原種の腹。あの鱗の下に、浮遊器官がある。イータの解析通りなら、だ。だが今は確信に近いものがあった。この距離で見れば、腹部の中央だけ鱗の密度が違う。何かを覆い隠すように、一枚一枚が重なり合っている。
斬れる。
俺の目は、もうそこ以外を見ていなかった。