チェーンが四本目を放とうとした、その時だった。
路地の入り口から、足音が聞こえた。
走る音だ。迷いのない、一直線にこちらへ向かってくる足音。俺の背後の壁が、その足音の振動でかすかに共鳴した。
誰だ。シイナか。いや、足音が軽すぎる。それにシイナは家にいるはずだ。
影が、煙の切れ間から飛び込んできた。
人間だ。小柄な影が、路地の入り口を蹴って中へ入ってくる。息を切らしていない。走る速度から一切の減速もなく、そのまま懐へカードを取り出していた。
見覚えのあるカード。白い縁取りに、狐の仮面が描かれたカード。
俺の手が止まった。いや、俺の手だけじゃない。ガンナイトメアのチェーンが空中で一瞬止まった。リボルバグスターのガトリング回転音が一段落とした。トリガー・ドーパントの照準光が、新しい影へ流れた。
三体の怪人の注意が、一斉にそちらへ向いた。
そのまま、カードをディケイドライバーへ装填する。
「変身」
左右のハンドルを押し込み、ドライバーを閉じる。
光が弾けた。
無数のカード状の光が、影の周囲に展開し、身体を次々と通過していく。人間の服の輪郭が消え、黒い素体が浮かび上がる。ギーツのエントリーフォームに相当する漆黒の身体。だが変化はそこで止まらなかった。
背後に赤い光が凝縮した。巨大な狐の紋章が空中に浮かび、その輪郭が歪んで分離する。白い狐面が、黒い素体の頭部を一周するように回転しながら近づき、正面から装着された。赤い複眼が鋭く発光し、仮面ライダーギーツの頭部が完成する。
空中へ白い装甲が展開した。胸部と両腕へ装着されるマグナム装甲。同時に赤いブースト装甲が腰から両脚へ巻きつく。最後に白いマフラーが首元から伸び、背後へなびた。
変身が完了した瞬間、着地。
音がしなかった。着地というより、接地。衝撃を殺した着地。白と朱の装甲が、路地の薄暗がりの中で鋭く浮かび上がる
「さて、ここからがハイライトだな」
リボルアームのガトリングが反応した。回転音が再び立ち上がり、白い装甲めがけて弾幕を叩き込み、走った。
走ったというより、飛んだ。赤いブースト装甲が床を蹴った瞬間、爆発的な加速が視界を白く焼いた。ガトリングの弾丸が、ギーツの後ろの壁と地面を削る。だが弾幕は追いつかない。紙一重。いや、紙の隙間もない。弾丸と弾丸の間を縫うように、三体の怪人の間を駆け抜けた。
その進路が、ガンナイトメアへ向いた。
踏み込み。加速。白いマグナム装甲の右拳が、デルタの右足に巻きついたチェーンへ叩きつけられた。金属が砕ける音。チェーンのリンクが弾け飛び、拘束が解ける。続いて左腕のチェーンも、左手が掴んで引き千切った。デルタの身体から、四本のチェーンが同時に離れた。
「っ…!」
デルタが体勢を取り戻す。自由になった両手を地面につけ、四つん這いから低い姿勢へ切り替える。牙を剥いたまま、だが目は俺の方を見ていない。すでに次の敵を探している。
俺はこの一瞬の隙を見た。
三体の視線が、全てギーツへ向いている。ガンナイトメアの弾倉が回転し、新しい弾種へ切り替わろうとしている。リボルバグスターのガトリングが追尾を試みているが、ギーツの加速に照準が追いついていない。トリガー・ドーパントの単眼だけがまだ赤い光を点滅させているが、狙う対象が定まっていない。
今だ。
「ゼータ、右」
短く告げると同時に、俺はライドブッカーを剣形態へ切り替えた。グリップを回し、銃口から刃へ。ゼータは俺の右側へ回り込んだ。音はない。ただ気配が、俺の右肩の後ろへ移動した。
体勢が変わった。さっきまでは壁を背にして囲まれていた。だが今は、包囲網の一角が崩れている。ガンナイトメアがデルタの拘束に気を取られ、リボルバグスターがギーツを追い、トリガー・ドーパントが標的を失っている。三体の連携に、初めて隙ができた。
三体の間を駆け抜けた後、路地の反対側へ着地した。白いマフラーが、夜風に揺れている。
四体が、三体を囲む形になった。
俺とゼータが行き止まり側から。デルタが左。俺が路地の入り口側。三体の怪人は、四方向から視線を向けられていることに気づいた。ガンナイトメアの弾倉が回転を止めた。リボルバグスターのガトリングが、照準の対象を切り替えようとしている。トリガー・ドーパントの単眼が、赤い光を点滅させたまま、四つの標的の間を行き来している。
連携が崩れた。だが三体はまだ倒れていない。視線だけで互いの位置を確認し、隊列を組み直そうとしている。
俺はライドブッカーを構え直した。刃の先に、暗緑色のガンナイトメアの弾倉が映っている。
「イータ」
『聞こえてる。戦況、変わった。四方囲み成立』
イータの声に、少しだけ安堵が混じった。だがすぐに真面目な声に戻る。
『三体の波形、まだ安定してる。油断しないで』
油断するつもりはない。
デルタが低く唸り、重心を前に下げた。ゼータは右側の壁際で、爪を覗かせたまま動かない。ギーツは路地の入り口で、白い装甲の拳を握り直した。
四対三。
悪くない。だが、まだ終わりじゃない。