悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

265 / 265
エイリアン

市街地の映像が、画面いっぱいに広がっていた。

 

端末に投影された監視カメラの映像は、どこか作り物めいて見えた。人がいたはずの商店街のアーケードが、屋根ごとねじ切られている。アスファルトに亀裂が走り、 車が一台、まるで玩具のようにひっくり返っていた。

 

その中央に、そいつは立っていた。

 

緑色だ。全身が、苔の生えた岩のような暗緑色に覆われている。人型に近い、というのが最初の印象だった。左右二本の腕。直立した体格。だが、人間ではない。あまりにも大きい。アーケードの看板が腰のあたりまでしか届かない。四階建てのビルと並べば、屋上を覗き込めるほどの体格だ。

 

そして、顔がない。

 

目にあたる器官が確認できない。鼻も口もない。滑らかな、流線型をした頭部が、首の上に乗っているだけだ。エイリアン映画で見た異星人の頭蓋骨に近い。表情が読めない。どこを見ているのか、何を考えているのか、怒っているのか、ただそこにいるだけなのか。

 

何もかもが、わからない。

 

「被害状況は?」

 

俺は画面から目を離さずに訊いた。

 

「現在確認できてるのは、負傷者七名。重傷なし。全員、避難遅れで瓦礫に巻き込まれた一般市民や」

 

声は、俺の右斜め後ろから来た。

 

八神はやて。国連調査機関EXCEEDSの総督。小柄な体躯に、この組織を束ねている立場の人間にしては若すぎる顔立ち。だが、その声には迷いがない。状況を把握し、判断を下すことに慣れた人間の声だった。

 

「避難警報が出たのが十七分前。出現時刻はその四分前。つまり、四分間、あいつは無防備な市街地にいたことになる」

 

「四分でこれか」

 

画面の中の商店街を、カメラがゆっくりとパンする。崩れた壁、引きちぎられた電線、道路に突き刺さった何かの爪痕。四足獣型の侵略種とは違う。こいつは、走り回って暴れたわけじゃない。ただ立って、腕を振るった。それだけの一動作で、通りが半分消えた。

 

「逃げた住民がいたから、被害が七名で済んでる。訓練されてるな、ここの住民は」

 

「瑞穂全域で侵略種避難訓練が義務化されとるからね。年四回。子どもも含めて全住民が受講してる」

 

はやてが淡々と数字を並べる。七名の負傷、四分の空白、年四回の訓練。どれも彼女にとってはすでに整理された情報なのだろう。俺の背後で、パタン、と書類を閉じる音がした。

 

「問題は、こいつがまだ動いとる、ってことや」

 

画面の右上に、タイムスタンプが表示されている。ライブ映像だ。緑色の巨大な体は、今も商店街の跡地に立っている。動かない。ただ、ゆっくりと、頭部を回転させているだけだ。まるで、何かを探しているように。

 

顔がないのに、何を探す。

 

「ツカサ」

 

静かな声が、左側から来た。

 

ゼータがいた。いつの間に部屋に入ってきたのか、気配を消して俺の左斜め後ろに立っている。淡い金色の髪、猫科の獣耳、細めた瞳。画面の光が彼女の横顔を青白く照らしていた。

 

「動き出してから四分でこれだけの被害。でも、その後三十分以上、ほとんど動いてない。破壊行動の後、活動を停止している」

 

「わかってる」

 

「わかってる、なら、気づいてるはずだね。こいつは暴れてるんじゃない。何かをやってるんだ」

 

俺は画面の緑色の巨体を睨んだまま、顎を少し引いた。

 

ゼータの言う通りだ。こいつは暴れていない。最初の四分間で通りを薙ぎ払ったのは、動作の結果であって、目的じゃない。その後、三十分以上も動かずに頭を回している。何かを探している。あるいは、何かを待っている。

 

四足獣型の侵略種とは、根本的に動きが違う。

 

「今までの侵略種は、出現してすぐに活動範囲を広げる個体がほとんどやった。生活圏を奪う、っていう侵略種の基本的な行動パターンに従っとる。でも、こいつは違う。出現して一度だけ大きく動いて、その後、停止した。EXCEEDSの分析班も判断に苦慮しとる状態や」

 

はやての声が、一オクターブ低くなる。総督として報告を読み上げる声ではなく、自分自身の思考を声に出して確かめている時の声だ。

 

「現場に近いハンターがいない。瑞穂の離島担当が久瀬シイナ。市街地担当のハンター二名は、最初の四分の段階で現場に向かったんやが、到着前に被害が拡大して、今は待機中。あの体格じゃ、通常装備じゃ太刀打ちできん」

 

「で、俺に話を持ってきたわけか」

 

俺は端めていた端末を机に置いた。画面の中の緑色の巨体が、まだ頭をゆっくり回している。右、左。右、左。一定の速度。一定の角度。機械的だ。

 

「EXCEEDSとしても、こういう個体は初めてや。分類すらできとらん。形状だけ見れば人型に近いが、過去三十年の侵略種記録に、これと一致するデータがない」

 

「新種、ってことか」

 

「かもしれん。あるいは、今まで出現してなかった個体が、何らかの理由で姿を見せた、か。どちらにせよ、情報が足りなすぎる」

 

はやてが、俺の正面に回り込む。視線が合った。小柄な体だが、その目は真正面から俺を見上げてくる。総督の目だ。頼んでいるのではない。判断を待っているのだ。

 

「ツカサ先生。お願いがある」

 

「言わなくてもわかってる」

 

俺は画面を指した。

 

「こいつが何をしてるのか、まだ読み切れてない。動かない、ってのは観測できる事実だ。だが、動かない理由はまだわからん。探してるのか、待ってるのか、あるいは、もう目的を終えて休んでるだけなのか」

 

「やっぱり、そこに行き着くか」

 

はやてが小さく頷く。

 

「せや。動かない理由。それが一番怖いんや。動いとる敵は、動きを見れば対処できる。でも、動かない敵は、何を仕掛けるかわかららん。待機中のハンターにも動けんし、住民の避難は完了したけど、いつまで避難所に閉じ込めとくわけにもいかん」

 

「三十三分」

 

ゼータが、正確な数字を口にした。

 

「出現から三十三分。まだ何もしていない。でも、次に動くとしたら、最初の四分よりも長い時間動く可能性がある。停止しているのは、次の行動のための準備だと仮定すべきだね」

 

「仮定、か」

 

俺は椅子に深く寄りかかった。天井を見る。螢光灯の光が白く滲んでいる。この部屋は、光写真館の離れにある仮設の拠点だ。はやてがEXCEEDSの資料を持ってきた時点で、面倒事の匂いはしていた。だが、画面の中のあいつは、面倒事の次元をもう一つ超えている。

 

顔がない。

 

目がない。

 

あいつは何を見ている。

 

「……一つ、確認させてくれ」

 

俺は視線を天井から画面に戻した。

 

「こいつの周囲に、他の侵略種の反応はあるか」

 

はやての表情が一瞬、固まった。

 

ゼータの瞳が、細くなった。

 

「なんで、そう訊くんや?」

 

「あいつは何かを探してる。顔がない、目がない。だが、頭を回している。視覚じゃなくて、別の何かで周囲を探知してる可能性がある。探しているものが他の侵略種だとしたら、こいつは単独じゃない」

 

部屋が、一瞬だけ静かになった。

 

はやてが手元の端末を操作する。EXCEEDSのデータベースにアクセスしているのだろう。指先が画面の上を速く滑る。

 

「……現時点で、あの個体の半径五百メートル以内に、他の侵略種の反応は確認されてない。分析班の報告にも、複数個体の同時出現を示すデータはない、と」

 

「現時点で、だろ」

 

「ツカサ」

 

ゼータが、静かに俺の名前を呼んだ。

 

「君は、何か見てるんだね」

 

俺は答えなかった。見ているわけじゃない。見えていないから訊いている。だが、見えていないことが、逆に答えになる時がある。目のない敵が何かを探している。その探しているものが何なのかわからない。だが、わからないこと自体が、この敵の性質を示している。

 

今までの侵略種は、わかりやすかった。生活圏を奪う生物。出現して、広がって、駆除する。手順がある。三十年かけて人類が作り上げた手順だ。だが、こいつはその手順に乗らない。出現して、一度だけ動いて、止まった。何かをしている。何かを待っている。

 

こいつは、侵略種なのか。

 

その問いが、喉元まで出かけて、俺は飲み込んだ。まだ早い。情報が足りない。はやての前で根拠のない推測を口にするのは、総督に対して失礼というものだ。それに、俺の勘が外れたことも、これまでに何度かある。

 

だが、勘が当たったことの方が、圧倒的に多い。

 

「はやて」

 

俺は立ち上がった。椅子が床を擦る音が、静かな部屋に響く。

 

「現場に行く。あいつが何をしてるのか、俺の目で見る」

 

「待ってや。まだ分析班の報告が——」

 

「報告を待ってる間に、あいつが動いたらどうする。三十三分動かないで、次に動いた時、最初の四分の何倍の被害が出るか、お前の方がよくわかってるだろ」

 

はやての口が、一度開いて、閉じた。そして、小さく息を吐く。

 

「……ほんまに、先生は変わらんね」

 

「変わる必要がないだけだ」

 

俺はライドブッカーを腰のホルダーに差し直した。カードの束が、革のポケットの中でささやかに音を立てる。ネオディケイドライバーの重みが、腰にある。いつもの重さだ。

 

「ゼータ、お前は——」

 

「行くよ」

 

俺が言い終わる前に、ゼータが答えた。猫耳が、わずかに前に傾く。戦闘態勢に入る時の動きだ。

 

「デルタには私が連絡する。外周を警戒してるはずだから、回収に三分はかかるね」

 

「二分で済ませろ」

 

「無理だよ。あの子が走ってる方向を、私が知らない」

 

「……鼻で探せ」

 

「ツカサ、私は猫科だよ。犬じゃない」

 

「わかってる。冗談だ」

 

「……嘘だね。全然冗談に聞こえない」

 

ゼータの瞳が、一瞬だけ細くなった。呆れている。だが、その口元がわずかに緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。

 

はやてが、端末を閉じる。

 

「ツカサ先生。一つだけ、約束してほしいことがある」

 

「言え」

 

「あの個体を倒せると分かったら、戦ってくれて構わん。でも、倒せるかどうか分からない状態なら、絶対に深入りしないでほしいんや。EXCEEDSとしても、正式な駆除指示が出るまでは——」

 

「はやて」

 

俺は遮った。

 

「俺は通りすがりの仮面ライダーだ。お前らの組織に属してるわけじゃない。だが、お前が総督として頼んでくるなら、それに応える。一つだけ約束する。あいつが何者か、何をしてるのか、それを見極めるまでは、無茶はしない」

 

「……見極めた後は?」

 

「その時は、俺が決める」

 

はやては、俺の目を三秒間見つめた。それから、小さく笑った。諦めと信頼が半々くらいに混じった、複雑な笑い方だった。

 

「ほんまに、変わらん人やな」

 

「もう一回その台詞を言ったら、写真を撮るぞ」

 

「やめてや。写真写り悪いの、私もなんやから」

 

軽口だ。だが、その軽口の下で、はやての指先が端末を強く握りしめているのを、俺は見ていた。総督として、部下の安全と住民の命を背負っている人間の手だ。震えてはいない。だが、力が入りすぎている。

 

俺は部屋を出た。廊下の空気が、ひんやりとしている。外の空気が、防護シャッターの隙間から漏れ込んでくるのだ。この世界では、どこにいても、外の脅威の気配が隙間から入り込んでくる。

 

ゼータが、音もなく俺の隣に並んだ。

 

「ツカサ」

 

「なんだ」

 

「あの個体、顔がなかったね」

 

「ああ」

 

「目がないのに、何かを探している。それは、視覚以外の感覚で世界を見ている、ってことだよね」

 

「かもしれない」

 

「……気味が悪いね」

 

ゼータがそう言った時、その声に、珍しく感情が滲んでいた。冷静なゼータが「気味が悪い」と言う。それは、この猫科の少女が本能的に警戒している、という意味だ。野生の勘が、何かを訴えている。

 

俺も、同じものを感じていた。

 

顔のない敵。目のない探査。動かない巨体。この世界の侵略種とは、何かが決定的に違う。だが、それが何なのか、まだ言葉にできない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

悪魔と呼ばれ慣れて(作者:ボルメテウスさん)(原作:陰の実力者になりたくて!)

『悪魔』と、『世界の破壊者』と呼ばれ、旅を続けたディケイド。▼彼が行き着いた先には『悪魔憑き』と呼ばれる存在がいる世界。▼その世界でディケイドは、何を見るのか。▼その先で、何を行うのか。


総合評価:591/評価:7.31/完結:209話/更新日時:2025年06月05日(木) 00:00 小説情報

悪魔と呼ばれ慣れて 2nd(作者:ボルメテウスさん)(原作:僕のヒーローアカデミア)

『世界の破壊者・ディケイド』の力を偶然手に入れた青年・ツカサ。▼彼は、その身に数多くのライダー達の力を受け継ぎながらも、様々な世界を超えながら、ハンドレッドと戦いをくり広げていた。▼そんな戦いの最中、彼らはある世界へと来ていた。▼『個性』と呼ばれ、『ヒーロー』が職業となった世界。▼その世界において、彼の瞳は、何を映す。▼「俺はヒーローじゃない。通りすがりの仮…


総合評価:463/評価:7.46/完結:193話/更新日時:2025年12月15日(月) 00:45 小説情報

Edge of Heart(作者:星空エクレア)(原作:名探偵プリキュア!)

 空から落ちてきた流れ星の少年は、プリキュアでありながら怪盗をしている不思議な少女と出会い、闇に覆われた真実へと立ち向かっていく───▼ 【注意】▼ ・本作には擬カビ要素が含まれますが、カービィ本人ではございません。▼ ・度々出てくる考察要素。▼ ・オリジナル回も入ります。▼ 【ギャラリー】▼ 本作のオリジナル主人公ハルのイメージ絵をAIに作ってもらいました…


総合評価:421/評価:8.62/連載:18話/更新日時:2026年09月06日(日) 00:01 小説情報

四番隊の一般隊士、実は卍解持ちの激強死神でした(作者:獅子論)(原作:BLEACH)

ほんの思い付きでとりあえず書いてみたものです。▼皆さんの目に少しでも面白いと思ってくれたら幸いです。


総合評価:788/評価:4.96/短編:53話/更新日時:2026年08月29日(土) 20:11 小説情報

【完結】争いは他所でやってくれ!最後は平穏無事に過ごしたい(作者:大気圏突破)(原作:ハイスクールD×D)

 サービス残業・休日出勤・パワハラで疲弊していたサラリーマンはデスクワーク勤務中に心臓の鼓動が止まり亡くなってしまった。憐れんだ神は第2の人生として彼を『リリカルなのは』の世界に送るつもりだったが書類の手違いで『ハイスクールD×D』の世界に送ってしまった▼ 神は送る直前に間違いに気付き彼に与えた力の他に原作主人公の能力を奪って付与させた。赤龍帝になってしまっ…


総合評価:2211/評価:6.45/完結:86話/更新日時:2026年08月08日(土) 15:14 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>