カチドキアームズの重量は、歩くだけで分かる。
一歩。装甲の継ぎ目が噛み合い、旗指物が空気を切る低い音を立てる。二歩。床の瓦礫が踏み砕かれる。オレンジアームズとは足裏の感覚が違う。重い。だが、不安定ではない。重心が低い。安定している。
目の前のメガヘクス型原種が、動いた。
全身の眼が一斉に収縮する。装甲の亀裂から黒い組織が膨れ上がり、四肢が同時に伸びた。壁を這っていた触手が弾かれ、天井の配線を引きちぎりながら鞭のように振り下ろされる。正面からはエネルギー弾。装甲の眼が光を溜め、弾丸として撃ち出してくる。
選択肢は一つ。
「ふんっ」
背中のカチドキ旗を手に取った。二振りの旗を構え、振るう。
重力が揺れた。
一振り目で、正面のエネルギー弾三発が軌道を曲げられ、壁へ叩きつけられる。二振り目で、天井から降ってきた触手が地面へ叩き落とされた。旗が空気を裂く音はしない。その代わりに、空間そのものが重くなるような圧迫感が残る。
迫る攻撃を一つ一つ確認しながら、次々と撃ち落とす。三発、四発、五発。エネルギー弾がカチドキ旗の軌道に触れた瞬間に逸れ、触手は旗の風圧で床へ縫い付けられる。
カチドキ旗を地面へ向けて振り下ろした。
重い。旗が空気を押し潰しながら降りる。床の瓦礫が衝撃で跳ね上がり、その衝撃波がメガヘクス型原種の足元へ到達した瞬間、敵の四肢が床へ縛り付けられた。
重力。カチドキ旗の能力が、敵の質量を地面へ押し付けている。装甲も、内部の流動体も、まとめて。
「変幻自在だろうと」
縛られた四肢が挣いを試みる。粘液が床へ広がり、本体から新しい触手を伸ばそうとする。だが、肝心の四肢が動かない。質量を地面へ固定された状態では、内部の流動体がいくら柔らかくても支えがない。
「質量がそれだったら、動けないだろ」
火縄大橙DJ銃を手に取った。
銃身が手の中で重く光る。大橙丸とは違う重さ。弾くための重さではなく、叩き潰すための重さだ。
威力重視の大砲モードへ切り替える。銃口が展開し、エネルギー充填の低い唸りが施設内に響く。
地面に縛られたメガヘクス型原種の四肢へ向ける。四方に広がったまま動けない腕と脚。装甲の継ぎ目から必死に這い出そうとする触手。
「そこで大人しくしてろ」
引き金を引いた。
大砲モードの発砲音は、施設内で反響した。一発ではない。四発。連続して叩き込まれる巨大なエネルギー弾が、縛られた四肢を順番に捉える。
一撃目で右腕の装甲が砕け、内部の組織が飛び散る。二撃目で左腕が根元から吹き飛ぶ。三撃目、四撃目で両脚が地面ごと削られ、瓦礫と粘液が混ざり合って壁へ飛ぶ。
胴体だけが残った。
宙に浮く。四肢を失ったメガヘクス型原種の胴体が、支えを失ってゆっくりと浮いている。だが、残った装甲の隙間から新たな触手が伸び始める。再生か。いや、分離か。吹き飛ばされた四肢の破片が、それぞれ独立して動き出し、俺へ向かって襲い掛かってくる。
「っ!?」
驚いたのは敵の方だった。胴体の眼が一斉に見開かれ、四方から迫る自分の四肢を見ている。だが、驚きながらも攻撃は止まらない。分離した四肢の断片が、それぞれ独自の意志を持つように襲い掛かってくる。
火縄大橙DJ銃をマシンガンモードへ切り替えた。切り替えの clicks が短く、速い。
引き絞る。
弾丸の雨が四方へ散る。一発一発は小さいが、数が違う。迫る四肢の破片を正確に捉え、一つずつ撃ち落としていく。装甲の破片、粘液の塊、眼球のついた肉片。何もかもが空中で弾け、床へ落ちる。
だが、撃ち落とした破片はまだ動いている。這い戻ろうとしている。
——本体との接続がまだ生きている。
胴体を見る。宙に浮いたまま、四肢を再生しようと組織が蠢いている。早い。もう半分ほど新しい腕が形成されかかっている。
やはり、斬っても撃っても、本体が無事なら戻る。
なら、本体ごと壊す。
無双セイバーを召喚した。左手に出現する刀身。火縄大橙DJ銃へ一体化させる。銃身と刀身が重なり合い、一つの大剣へ形を変える。
重い。両手で持っても、刃先が下がりそうになるほどの重量。だが、カチドキアームズの装甲がそれを支える。重心が沈み、足が床を噛む。
敵の胴体が、俺を見ている。残った全ての眼が、大剣へ向いている。再生が止まった。ではない。再生よりも、次の攻撃に備えて眼球を俺へ向けた。恐怖ではない。観察だ。こいつも、俺を見ている。
なら、見せてやる。
『FINAL ATTACK RIDE GA GA GA GAIM』
音声が響く。刀身が光を飲み込み始めた。
オレンジ色のエネルギーが刃先から溢れ出す。凝縮された光が大剣の刀身を覆い、実体化した刃がさらに伸びていく。長い。元の刀身の三倍はある光の刃が、 facility の天井すれすれまで立ち上がる。
重い。だが、振れない重さではない。
カチドキアームズの全身の装甲が連動し、エネルギーを刃へ送り込んでいる。旗指物がはためき、重力が刃に集約していく。
ゆっくりと、大剣を構える。上段。振り下ろすための構え。
メガヘクス型原種の胴体が、最後の力を振り絞ろうとする。装甲の亀裂が全て広がり、内部の黒い組織が一斉に膨れ上がる。全ての眼が俺を捉えている。二十個、三十個。増えている。最後の瞬間に、眼を増やして俺を見ている。
——見ているなら、見届けろ。
「はぁ!!」
振り下ろした。
一閃。
光の刃が施設の空間を垂直に裂く。赤い非常灯の光が一瞬消え、オレンジ色だけが世界を塗り替える。床が割れる。大剣の刃が床を砕きながら、メガヘクス型原種の胴体を捉えた。
装甲が裂ける音ではない。金属と生体組織が同時に断たれる、重い音。上から下まで。頭部の眼が二つに割れ、胸部の装甲が左右へ分かれ、内部の流動体が刃の軌道に沿って裂けていく。
真っ二つだった。
切断面からエネルギーが溢れ出した。オレンジ色の光と、内部から噴き出す黒い粘液。二つの断面がゆっくりと左右へ離れ、それぞれが崩れ落ちる。
爆発。熱い。だが、カチドキアームズの装甲が熱を弾く。
二次爆発。内部に溜まっていたエネルギーが連鎖的に弾け、 facility の窓が一斉に吹き飛ぶ。天井の配線が焼け、瓦礫が降る。
だが、敵の身体から伸びていた粘液の筋が、切れた。本体との接続が、物理的に断たれた。再生しない。できない。断面から溢れるエネルギーが、残った組織を焼き尽くしていく。
黒い灰が、赤い非常灯の下で舞った。
敵の輪郭が消えていく。装甲の破片が床に散り、内部の組織が蒸発し、眼球だけが一瞬残って——それも光を失い、砕けた。
設施内に、静寂が戻った。
非常灯の赤い光だけが、まだ明滅している。
俺は大剣を下ろした。火縄大橙DJ銃と無双セイバーが分離し、それぞれの手元で重く残る。
「……終わりか」
誰に言ったわけでもない。確認のためだ。瓦礫の中、動くものがないか。這い戻る粘液の筋がないか。見渡す。
ない。
床に散った黒い灰が、赤い光の下で静かに積もっているだけだった。