変身を解除した。
カチドキアームズの重みが消えオレンジアームズの軽さが戻る。いや、それも解除する。ディケイドの黒と赤が体に馴染んで、ようやく呼吸が楽になった。
施設内は静かだった。非常灯の赤い光だけが、まだ明滅している。さっきまであれだけ響いていた戦闘音が嘘みたいに消えて、瓦礫の隙間から風が吹き抜ける音だけが残っている。
床に、メガヘクス型原種の残骸が横たわっていた。
真っ二つに切れた胴体が左右に分かれている。断面からは黒い生体組織が溶けたように広がり、剥がれた金属装甲が瓦礫に混ざって散らばっている。装甲の内側——そこに張り付いていた黒い膜のようなものが、まだ微かに脈打っているように見えた。気のせいかもしれない。だが、気のせいだと思うにはその膜は生々しすぎた。
「終わった、のか?」
デルタが後ろから歩いてくる。腰はまだ落ちたままだ。戦闘態勢を解いていない。さすがだ。終わったと決めるのは、まだ早い。
「分からん。調べる」
短く返すと、デルタは残骸のそばまで来て足を上げた。
「蹴ってみる」
「やめろ」
俺はその足を掴んだ。デルタが不満そうに振り返る。
「反応を見るだけだ」
「証拠を壊すな。あとで使う」
デルタは鼻を鳴らしたが足を下ろした。代わりに、しゃがみ込んで残骸へ鼻を近づける。尻尾がゆっくりと揺れた。
「……この臭い」
「分かるか」
「前に倉庫にいた研究員と同じだ。あの、薬品の匂い。消毒液みたいなやつともっとツンとするやつ」
デルタが顔を上げる。目は残骸ではなく、俺を見ている。
「人間が触ってる。間違いない」
「そうか」
イータが反対側から回り込んできた。白衣の裾を気にせず、しゃがんで装甲の内側を覗き込む。目が興味で光っている。こういう時のイータは止まらない。
「ツカサ、これを見て」
指差した先には剥がれた装甲の内側があった。金属と生体組織の境目。そこに、神経の代わりになるような人工的な器具が埋め込まれている。細い管。金属のクリップ。コードのようなものが、黒い膜の中に埋まり鎧と肉を繋いでいる。
「自然に進化した個体じゃない」
イータは指でコードの一本を摘まみ上げた。慎重に、だが迷いなく。
「原種の肉体に、メガヘクスを再現した装甲を移植してある。装着用の器具も、制御用の機構も全部後付け。この鎧は、着せられたものだ」
「進化じゃない。……改造か」
「そう。原種がメガヘクスになったんじゃない。メガヘクスの形をした鎧を、原種に着せたの」
イータはコードを離し、手を払った。黒い粘液が指先に残っている。それを白衣の端で拭う仕草が、妙に場違いで妙に現実的だった。
「適合率を測った形跡がある。何度も調整したんだろうね。鎧と肉の間に、そういう痕がある」
「つまり、実験体だ」
「うん。誰かが、わざと作った」
ゼータが施設の奥から戻ってきた。足音がほとんどしない。手に黒い端末を抱えている。
「記録端末を見つけた」
ゼータはそれを床に置いた。瓦礫の上。画面はひび割れているが、まだ起動できそうだった。
「研究員たちは計画的に撤収している。装置も資料も、ほとんど持ち出されている。この端末も表面上は初期化されていた」
「表面上は?」
「隠し領域がある。削除しきれなかった定期報告が残ってる。誰かに提出するための記録だ」
ゼータは端末を俺へ押し出した。イータが横から手を伸ばし、画面を操作する。指が素早く動き起動音が施設に響いた。
画面に文字が浮かぶ。
『原種兵装化計画』
『模倣外殻の適合率 — 第七検体 / 継続監視』
『継続投資の判断 — 次期資金供与について』
「投資……」
俺はその単語を拾った。
実験体を作った組織の名前は消されている。コードも伏せられている。だが、送信先を示す記号だけが残っていた。画面の端に、白い印が浮かび上がる。
『X』
黒い画面に、白いX。イータが操作を止める。
「これ、消されてない」
「消せなかったんだろうな」
ゼータが静かに言った。
「提出先の識別コードだ。財団が使う形式と一致する」
俺はその印を見つめていた。見覚えがある。いくつもの世界で見てきた。兵器を売り、怪人の技術を提供し成果だけを回収していく連中。自分たちは表に出ず、金と技術だけを流し込んで実験が成功すれば回収する。
「財団X」
低く呟いた。声が施設の壁に反響する。
「この世界の原種にまで、手を伸ばしていたか」
デルタが立ち上がる。尻尾が逆立っている。
「財団X? 知ってるのか」
「知ってる。複数の世界で、兵器や怪人技術に資金を注いでる連中だ。自分たちは手を汚さない。金と技術を出して、成果だけ回収する」
俺は端末を拾い上げた。黒い画面。白いXの印が、まだ光っている。
「だが——これだけじゃ分からない。財団Xが直接実験したのか、現地の組織に出資しただけなのか。主導者も目的も、まだ見えてない」
イータが端末を覗き込む。
「でも、関与は疑いようがないよね。投資記録も識別コードも残ってる」
「ああ」
俺は端末を閉じた。黒い画面が消え、赤い非常灯の光だけが残る。
「次に追う相手は決まった」
財団X。その名前が、施設の静けさの中に重く沈んでいく。