メガヘクス型原種の調査を終えてから三日が経った頃だった。
資料を整理していたのは、地下の拠点にある小さな作業スペースだ。端末の画面には、剥がれた装甲の内側に埋め込まれていた接続器具の解析結果が並んでいる。イータが構造を分類し、ゼータが撤収痕跡から手順を推定した。俺はそれを過去の記憶と照合する役だった。何度か世界を渡ってきた記憶の中に、似た技術や似た手口がないか探す。地味な作業だ。だが、飛ばせる工程ではない。
端末の角落ちた音がした。
監視システムからのアラート。資材処理施設——廃棄された機械や鉄骨が積まれた場所だ。定期的に点検が入っているが、本来なら人影はない。
映像を開いた。
施設の監視カメラが捉えていたのは、積み上げられた廃棄機械の山だった。クレーンのアーム。解体された重機の車体。錆びた鉄骨。暗い照明の下、それらが静かに並んでいる。
何もいない。何も動いていない。
だが、映像を少し巻き戻すと、違った。
三十分前の記録。積まれていた廃棄機械が、順番に消えていた。爆発でもなく、崩落でもない。輪郭が内側へ潰れ、銀色の液体へ分解されるように縮んでいく。そして何かに吸い込まれるように、跡形もなく消える。
一本、また一本。積み上げられた鉄骨が、根本から溶けるように消えていく。
監視映像には敵の姿が映っていない。何かがいるはずなのに、カメラには何も映らない。あるいは——カメラに映らない形で、そこにあるのかもしれない。
「シイナ」
俺は席を立った。廊下へ出て声をかける。久瀬シイナはいつもの場所にいた。腰に祖父から受け継いだ銃を差し、壁にもたれて何かを待っていた。
「生体反応が出た。資材処理施設だ。来てくれ」
シイナは頷いただけで、何も聞かなかった。銃を構え、俺の隣へつく。
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資材処理施設は、外周の更地を抜けた先にあった。
鉄骨で組まれた骨組みだけの建屋。屋根は半分剥がれ、残りが風に揺れている。中は暗い。照明のいくつかは切れ、残りも弱々しく明滅していた。
足を踏み入れた瞬間、違和感があった。
戦闘の痕跡がない。爆心地もなければ、射撃の跡もない。壁にひび割れはない。床に弾痕もない。だが、おかしい。積まれていたはずの廃棄機械が、一部ごっそり消えている。重機の車体が半分だけ残り、断面が銀色に濡れている。鉄骨の束が根本から抉り取られ、あった場所だけ床が黒く変色している。
何かが、ここにあったものを食べた。
「ツカサさん」
シイナが銃を構えたまま立ち止まった。目を細めている。耳ではなく、全身で何かを感じているような顔だ。
「ひとつじゃない」
「ひとつじゃない?」
「生体反応が、施設全体から来てる。ひとつの生物じゃない。——壁も、床も、積まれてる鉄も、全部から生命力みたいなのが漏れてる」
シイナの声は淡々としていた。慣れているのだ。侵略種との戦闘経験は豊富だ。だが、今回の反応は見慣れたものではないらしい。銃を握る手が、ほんのわずかに強くなった。
俺は周囲を見渡した。戦闘痕がない。機械が消えている。銀色に濡れた断面。生命力のような反応が施設全体から。
何かが、ここにある物質を取り込んでいる。
「シイナ、触るな」
言った瞬間だった。シイナが床に付着した銀色の物質へ近づこうとしていた。手を伸ばしかけた指先が止まる。
「なんで」
「それが、周囲の物質を取り込む種類かもしれない。触れた瞬間に吸収が始まる可能性がある」
言い終える前に、音がした。
背後。破損していた作業機械が、軋んだ。いや、軋んだのではない。内側から潰れた。金属が折れ曲がり、部品が外れ、ボルトが弾け飛ぶ。それらが一斉に床へ崩れ落ちるかと思った瞬間——落ちなかった。
部品が、空中に浮いた。
いや、違う。銀色の液体が部品を包み込み、引き寄せていた。床に付着していた銀色の物質から、細い糸が伸びていた。蜘蛛の巣のように広がった糸が、崩れ落ちた機械の部品を一本ずつ絡め取り、引き寄せていく。
部品が銀色の液体に触れた瞬間、溶けた。金属が溶け、形を失い、銀色の液へ混ざっていく。
吸収だ。間違いない。こいつは、周囲の物質を取り込んで自分の一部にしている。
「下がれ」
シイナを引き、後退する。銀色の糸は追ってこなかった。だが、床一面に広がり始めている。瓦礫の隙間を縫い、鉄骨の残骸を舐めるように広がり、触れたものを順番に溶かしていく。
施設の奥から、音がした。
鉄骨が軋む音ではない。肉が脈打つ音。湿った、重い、規則的な鼓動。暗がりの奥で何かが呼吸している。
そして、銀色の球体が浮かび上がった。
暗い施設の天井近く、瓦礫の隙間から現れたのは、拳大の銀色の球体だった。表面が濡れた光を反射し、ゆっくりと回転している。周囲の銀色の液体が、球体へ向かって流れている。床に広がっていた液体が、糸を引きながら球体へ集まっていく。
シイナが撃った。
銃声が施設内に響いた。弾丸は球体の表面を捉え、銀色の表面が砕けた。亀裂が走り、破片が飛び散る。
だが——破片が落ちる前に、球体が動いた。
周囲の廃材が引き寄せられた。崩れていた鉄骨の一部が浮き上がり、球体の破損した部分へ吸着する。同時に、床に散っていた瓦礫の破片が銀色の液体に包まれ、球体へ流れ込む。砕けた表面が一瞬で塞がり、傷一つ残らなくなった。
瞬時の再生。いや、再生ではない。取り込んで、補ったのだ。壊された部分を周囲の物質で置き換えた。
俺はその構造を見た。銀色の球体が核。周囲の物質を吸収し、破損しても核が生きていれば取り込んで補う。球体を中心に、周囲の物質が集まり、形を変え、構築されていく。
記憶が蘇った。
銀色の球体を核とし、廃材を吸収して構築された生物と機械の融合体。右肩から分子破壊光線を放ち、右腕を射出し、尻尾で刺突する。身体を破壊されても核が生きている限り周囲の物質を吸収して再生する。
ネオ生命体の怪人。ドラス。
あれだ。あの構造と同じだ。
だが、本物じゃない。メガヘクス型原種と同じだ。中身は原種。外見と能力を再現した鎧ではなく、能力そのものを肉体へ取り込んだ個体。
球体が動いた。
周囲の廃材が一斉に引き寄せられる。鉄骨が曲がり、機械部品が砕け、銀色の液体がそれらを包み込む。黒い生体組織が球体から溢れ出し、金属と混ざり合う。
組み上がっていく。
右肩に、複数の管が集まった器官が形成された。先端が開口し、発射口のような構造が並ぶ。右腕が膨れ上がり、関節のない塊のような拳が組み上がる。射出できるだろう。腰の後方から、鉄骨と生体組織が混ざった尾が伸びる。先端が鋭く尖り、伸縮するように節が波打つ。
鉄骨が背骨に。機械部品が装甲に。黒い組織が筋肉に。銀色の球体が胸の奥で脈動する。
立ち上がった。
二メートルを超える異形。生物と機械が混ざり合った体。右肩の器官が低く唸り、右腕の拳が重く垂れ下がり、尾が床を擦る。そして——全身に、原種特有の眼球が開いた。
鉄骨の継ぎ目に。機械部品の隙間に。黒い組織の表面に。大小の眼が一つ、また一つと開き、それぞれが別の方向を見る。メガヘクス型原種と同じだ。一つの意思ではなく、複数の眼が別々に周囲を観察する。
だが、構造が違う。メガヘクス型原種は装甲を着せられていた。こいつは、能力そのものを取り込んでいる。ドラスの物質吸収と自己再構築が、原種の肉体に根付いている。
「今度はドラスか」
口に出した。誰に言ったわけでもない。だが、シイナが聞いた。
「ドラス?」
「過去に別世界で遭遇した怪人だ。銀色の球体を核にして、周囲の物質を取り込んで身体を構築する。破壊されても核が生きていれば再生する」
シイナが銃口を異形へ向けた。足が床を噛む。構えに迷いはない。だが、撃たない。俺の説明を聞いているうちに、この相手が弾丸一発で終わる相手ではないと理解したのだろう。
「核を壊せば止まるんですか」
「本物はそうだった。だが、こいつは原種だ。核の場所も、核だけで済むかも分からん」
異形が動いた。
右肩の器官が唸りを上げた。全身の眼が一斉に俺とシイナを捉えた。数十個の瞳孔が、別々の角度から二人を見ている。右腕の拳がわずかに持ち上がり、尾が床から離れて空中へ浮いた。
そして——口を開いた。
金属の擦れる音と肉が裂ける音が混ざった咆哮が、施設内に響き渡った。鉄骨が震え、瓦礫が跳ねる。銀色の液体が床一面に波打ち、異形の足元から新たに広がり始めた。
俺はライドブッカーに手をかけた。シイナが銃を構えたまま動かない。
核の位置。吸収の範囲。再生の速度。まだ見極められていないことが多すぎる。闇雲に殴って、取り込まれては元も子もない。
異形の咆哮が収まり、銀色の液体が再び静かに脈動を始めた。数十の眼が、俺たちを見ている。
動けるか。動けないなら、どう動くか。
俺は異形の胸の奥で脈動する銀色の光を見つめたまま、次の一手を待った。