咆哮がまだ耳に残っている間に、敵は動いた。
両腕が変形した。速い。殴りかかるための拳が内側へ潰れ黒い生体組織が軋みながら隆起する。金属の部品が指の間から押し出され並ぶ。銃身だ。両腕が機関銃に作り変えられた。黒い筋肉と金属の融合。脈動するたびに銃口の奥が濡れた光を返す。
撃ち始めた。
耳を塞ぐほどの銃声だった。だが、乾いた音だけではない。毎発、発射のたびに湿った音が混じる。肉が裂けるような、内臓が押し出されるような音。弾丸が空気を裂く音の下で、生体組織が唸りを上げている。弾幕が施設内を横切り、積まれていた機械の山が次々と削られた。鉄柱の表面が火花を散らしながら剥がれ、床へ金属片が降るように散る。
「——!」
シイナの息が止まった。目が見開かれている。銃を構えたまま動けない。驚いているのだ。想定外だったのだろう。銃身が金属だけでなく黒い組織とも繋がり脈動しながら弾丸を吐き出している。こんな武器は見たことがないはずだ。
「驚くのは後だ。頭を下げろ」
言い終える前に体を動かした。左側にあった大型重機の陰へ滑り込む。シイナの襟首を掴んで引きずり込んだ。ほぼ同時に弾丸が二人の頭上を通過した。風圧が髪を撫でていく。重機の車体に弾丸が当たり金属音が連続した。
シイナが銃を抱えて身を伏せた。頬が床に近い。目だけが上げて俺を見ている。
「あいつ、腕が——」
「見えた。機関銃だ」
「機関銃? 原種が?」
「原種じゃない。後で説明する。今は動くな」
銃声が絶え間ない。重機の車体が震えている。装甲板に穴が開き始めた。もう長くは持たない。
シイナが動いた。遮蔽物の横から銃口を出そうとする。
「撃ち返す——」
「待て」
腕を掴んだ。シイナが不服そうにこちらを見る。だが離すわけにはいかない。
「よく見ろ」
弾丸が当たって飛び散った金属片。床に落ちた弾丸。削り取られた鉄柱の破片。それらが床一面に広がっている。そして、床を這っている銀色の液体がそれらを一本ずつ巻き込んでいく。
巻き込まれた金属片が溶ける。弾丸の薬莢が溶ける。銀色の液体に包まれ、形を失い、吸い込まれていく。
敵の右腕の銃身。発射の反動で亀裂が入っていた。だが、床から吸い込んだ金属が銃身の亀裂へ流れ込み、新たな銃身を形成している。さっきまでなかった形だ。少し太く、少し短い。だが確かに機関銃だ。
「撃ち込んだ弾まで吸収されてる。あいつに弾をくれてやる必要はない」
シイナの目が変わった。驚きから判断へ。
「じゃあどうする」
「火だ。金属じゃないものを使え。横から牽制しろ。撃つんじゃない。焼け」
シイナは頷いた。重機の横へ移動し、銃を腰に戻して手を前に出した。紅蓮。掌から熾い炎が弾け、蛇のように延びて敵の左腕へ巻きついた。
銃身が焼けた。金属が赤く発光し、黒い生体組織が乾燥して縮む。機関銃の形が崩れ、ドロリと溶け落ちた。左腕が使えなくなった。
——はずだった。
敵は動じなかった。背後の廃材の山へ尾を伸ばしただけだ。鋭い先端が鉄骨の束に突き刺さり、そのまま絡め取る。鉄骨が曲がり、砕け、銀色の液体に包まれて引っ張られていく。溶けた左腕へ到達した瞬間、金属と生体組織が混ざり合い、新たな銃身が形成された。さっきとはまた違う形。だが確かに機関銃だ。
「再生した…」
「あの尾だ。後ろの廃材を取り込んでる」
尾が動いた。今度は廃材を吸うためではない。遮蔽物の裏側へ回り込んできた。床を這う銀色の液体と同じ軌道で、尾が重機の陰へ伸びてくる。先端が鋭く尖り、標的を捉えるために震えている。
シイナの背後に着こうとしていた。
掴んで引いた。シイナの体が俺の方へ滑る。直後、尾の先端が床を突き破った。コンクリートが砕け、破片が飛ぶ。尾が刺さった場所はシイナがいた位置。あと半秒遅ければ背中を貫かれていた。
尾が床から引き抜かれ、再びこちらを狙って浮き上がる。
「シイナ。お前の能力——生命吸収だっけか」
「使えるかって聞きたいなら、やめとけって答えが欲しいんだろ」
「そうだ。あいつは生体組織も取り込む。接触して生命力を奪おうとしたら、逆に接続されるかもしれない」
シイナが舌打ちした。だが異論は出ない。
「近接はなしか。やってられるかよ」
文句を言いながらも姿勢は直した。尾の動きを追い、次の軌道を読もうとしている。
遮蔽物が悲鳴を上げた。重機の車体に大きな亀裂が走る。弾丸が装甲板を貫通し始めている。もう数秒も持たない。銃声が近くなった。金属の壁が薄くなっていく音が耳に届く。
ここまでだ。
「シイナ」
「ん」
「核が露出するまで撃つな。今度は再生できない形で崩す」
シイナが俺を見た。俺はディケイドライバーを腰に装着した。
変身。仮面ライダーディケイド。黒と赤の装甲が体を覆う。次にカードを一枚取り出した。白いカードに描かれた宇宙の絵。スイッチのマーク。
フォーゼ。
『KAMEN RIDE! FOURZE!』
白い装甲が形成された。宇宙服を思わせる丸みのある白い胴体。胸のモジュールベース。腰のアストロスイッチ。重い。だが今は気にしていない。これは経過だ。使いやすい形ではない。次がある。
フォームライドのカードを取り出す。金色と黒の基調。雷のマーク。
『FORM RIDE! FOURZE ELEK STATES!』
白い装甲が割れた。いや、変わった。白が退き、金色と黒が重なっていく。胸の装甲が金色へ染まり、黒いラインが全身を走る。ヘルメットの形状が変わり、シャープな角張りへ変わる。背部から黄色い電流が走り、全身の装甲の隙間を縫うように光が駆け抜けた。
ビリーザロッドが出現した。右手に握る。棒状の武器だ。先端から黄色い電流が溢れ出し、刀身の周囲へまとわりつくように流れる。バチバチという音が施設内に響いた。電流が流れるたびに、天井の蛍光灯が明滅する。照明が点いては消え、消えては点く。明るさが波のように揺れ、影が床の上で踊る。
ドラス型原種が反応した。
機関銃の発射が止まった。両腕の銃身がゆっくりと下がり、代わりに全身の眼球が動いた。
一斉に。
数十個の眼が別々の方向を見ていた。それが止まった。全ての瞳孔が同じ方向を向いた。ビリーザロッドへ。刀身を走る黄色い電流へ。吸収できないもの。金属ではないもの。取り込んで再生の材料にできないもの。
敵がそれを認識した。
俺は物陰から踏み出した。瓦礫の山を背に、ドラス型原種と正面から向き合う。