炎が消えても、銃口は下げなかった。
ヒーハックガンの先端から未だ白い煙が立ち上り、向こう側の焼け跡が霞んでいる。動くものはない。灰が舞い上がる気配もない。だが、目で見ただけでは足りない。耳を澄ます。呼吸の音。脈動の音。湿った肉が蠢く音。何も聞こえない。聞こえるのは、熱で軋む金属の音と、自分の呼吸だけだ。
三秒。数えて三秒。動きがない。
ヒーハックガンの切替スイッチを押した。銃口の向きが変わり、白い二酸化炭素の霧が噴き出す。瓦礫の隙間でくすぶっていた残り火が一つずつ消えていく。蒸気と煙が混ざり合い、視界が白くなる。
白い霧の向こうから、足音が近づいてきた。
シイナだ。
歩き方が変わっていることに気づいた。右足を地面に置く瞬間、わずかに体重を逃がしている。痛みがあるのか、それとも単に疲労のせいか。近づくにつれて顔が見えてくる。煤が頬にへばりつき、前髪が焦げて端が丸まっている。右の袖が裂け、下の肌に擦り傷が走っている。
「大丈夫か」
「私? 大丈夫だよ。これくらい」
声はしっかりしている。だが息が浅い。炎を使い続けた疲れが出ているのだろう。
「腕、見せろ」
「ちょっと擦っただけ——」
「見せろ」
シイナはため息をついて右腕を差し出した。袖の裂け目から覗く傷は浅い。血は滲んでいるが流れてはいない。だが周囲の皮膚が赤く腫れている。熱害だ。紅蓮を操っていた時間が長すぎた。
「骨はいってない。筋も切れてない。問題ない」
「私の腕の方が私の腕のこと分かってないみたいだな」
「分かってるから言ってる」
俺はヒーハックガンを下ろした。消火機能を切る。白い霧が薄くなり、焼け跡が露わになる。黒い地面。灰の層。溶けて形を失った金属片。その中央に、何もなかった場所がある。コアがあった場所だ。
変身を解除した。ファイヤーステイツの赤い装甲が消え、ディケイドの黒と赤に戻る。それも解除する。黒いジャケットに戻った途端、肩の重みが消えた。だが膝に少しだけ重みが残る。長い戦闘だった。
シイナが隣に立った。
「ツカサさん」
「ん」
「あの時、私の炎——あんたの周囲に回した時。一瞬、ためたんだ」
分かっていた。コアを守る生体組織を四方から焼き払うため、シイナは炎を俺の周囲へ通した。その瞬間、炎の勢いがわずかに落ちた。ためだ。俺へ炎を向けることに躊躇いがあった。
「分かってた」
「じゃあなんで止めなかった」
「ちゃんと届いたからだ」
シイナが俺を見た。目が少し大きくなっている。
「あんたが止めてたら、射線は開かなかった。あのまま膜が閉じてたら、核まで届かなかった。あの炎がなければ最後の一撃にはつながらなかった」
「…そっか」
シイナは短く言って、視線を焼け跡へ戻した。声が少し軽くなった。安堵が出ている。
「私も、あんたが熱を吸える形態だって知ってたらもっと早く回せたんだけど」
「知らなくても回した。それでいい」
「…それもそうか」
シイナの口元が少しだけ緩んだ。笑いではない。緊張が解けた顔だ。
二人で焼け跡を見た。灰の層の下に、吸収されずに残った装甲片が散らばっている。金属片だ。ドラス型原種が構築していた外殻の一部で、電子分解を免れ、炎にも焼き残ったものだ。
「あいつ」シイナが装甲片を指した。「見た目だけじゃなくて、中身まであのドラスって奴に似てたんだな」
「外見と武器だけじゃない。再生能力まで取り込んでいた。周囲の物質を吸収して、破壊された部分を補う。本物のドラスと同じだ」
「じゃあ次も別の奴を真似してくるかもしれない」
「可能性はある。今のところ推測だが」
シイナは頷いた。顔から笑みが消え、代わりに真っすぐな目が焼け跡を見ている。
「メガヘクスの時もそうだった。あいつも、別の怪人を模してた」
「ああ。装甲を着せられただけだったが、今回は能力そのものを取り込んでいた。一段、厄介だ」
「どんどん厄介になってくってことか」
「かもしれない。だが、倒せた。あいつの再生は核があってこそだ。核を焼けば止まる。その方法は見つかった」
シイナは少し考えてから頷いた。納得したわけではない。だが、今はそれで十分だという判断だろう。
俺は焼け跡へ歩み寄り、散らばった装甲片を観察した。直接は触れない。ヒーハックガンの銃底で一つひっくり返す。裏側に、黒い生体組織が薄くへばりついている。メガヘクス型原種と同じ接続器具の痕跡があるかどうか。ここでは判断できない。持ち帰ってイータに見せる必要がある。
「これ、回収する」
「触らない方がいいんでしょ」
「ああ。袋がいる」
「救急キットに防水袋がある。持ってくる」
シイナが救助班の置いた装備箱へ向かう。歩き方はやはり右足をわずかに逃がしている。だが速度は落ちていない。無理をしているのだろう。あとでちゃんと診させないといけない。
防水袋を持って戻ったシイナと二人で、装甲片を拾い上げた。直接触れず、袋の口を広げて地面へ被せるようにして回収する。三枚。いずれも手掌大の金属片で、裏側に薄い生体組織の層が残っている。
「メガヘクスの時と同じようなものがついてるかも。調べないと分からない」
「私の方でも報告書を書く。何を使って、どう倒したか。上も知っとくべきだろ」
「頼む」
袋を閉じ、腰のバッグへ収めた。立ち上がる。膝が少し鳴った。
「帰ろう」
「ああ」
シイナが先に歩き出した。三歩目で足が止まった。振り返る。焼け跡を見ている。
俺も歩調を緩めた。隣へ並ぶ。
焼け跡は静かだ。冷え始めた装甲片が、熱の収縮で小さな音を立てている。パチ、パチ。それだけだ。動くものは何もない。
二度見た。シイナも二度見た。目が合う。頷き合う。
今度こそ、戦場を離れた。