悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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空の黄金

窓の外は雲しか見えなかった。

 

白い。延々と白い。飛行機が雲の上を飛んでいるのか、雲の中を飛んでいるのか、時々分からなくなる。太陽の光が雲の表面で跳ね返り、客室の天井に薄い影を作っている。

 

隣の座席で、デルタが窓にへばりついていた。

 

「ツカサ。雲だ」

 

「見れば分かる」

 

「でかい」

 

「ああ」

 

「ふかふかそう」

 

「座ったら凍る」

 

「えー」

 

デルタは不満そうに鼻を鳴らしたが、目は窓から離さない。尻尾が座席の間で揺れている。三時間のフライトで、これが既に七回目の「雲だ」。飽きないのだろう。

 

通路を隔てた向かい側で、なのはが小さく笑った。

 

「デルタちゃん、楽しそうだね」

 

「楽しい。飛行機すごい」

 

「初めてなんだっけ?」

 

「初めて」

 

デルタは頷き、また窓へ戻る。

 

なのはの隣にフェイトが座っている。二人とも背筋が伸びていて、手元にはそれぞれのデバイスを縮小した状態で置いている。任務中の移動だ。気を抜いているわけではないが、戦闘から離れた数日間で少しだけ肩の力が抜けているように見える。

 

「ツカサ先生は飛行機、慣れてます?」

 

なのはがこちらを向いた。

 

「何度か乗ったことはある」

 

「じゃあ、やっぱりツカサ先生も飛行機派なんですね」

 

「派というほどじゃない。必要なら使うだけだ」

 

「オーロラカーテンの方が速いのに」

 

「そうだな。だが、今回はメンバーが多い。全員を一度に運ぶにはこっちがいい」

 

なのはは頷いて、また窓の外を見た。雲の海。穏やかだ。

 

斜め後ろの座席でシイナが腕を組んで目を閉じていた。眠っているわけではない。時々、眉が動く。聞いている。だが口は開かない。休息を取るタイプだ。合理的だ。

 

ゼータは通路側の座席で、端末を操作している。猫科の耳が時々動く。客室の音を拾っている。監視だ。無意識だろうが、この姿勢は戦場と変わらない。

 

イータは最後列で寝ていた。完全に寝ている。毛布を頭まで被り、呼吸が規則的だ。移動中の睡眠は効率の面で正しい。だが、着陸時に起きるかどうかは保証しかねる。

 

乗務員が通路を歩いてくる。ドリンクのカート。温かいお茶をもらい、デルタにも一つ渡した。デルタは両手でカップを持って、窓の外を見ながらちびちびと飲んでいる。尻尾がゆっくり揺れている。

 

平和だ。

 

こういう時間は嫌いではない。

 

カップを一口飲んだ。熱い。安っぽい茶葉だが、高度一万メートルの空では何でもそれなりに味がする。

 

機体が揺れた。

 

小さくない。カップの茶が斜面を這って跳ねた。俺の手の甲に熱い飛沫がかかる。隣でデルタのカップが傾き、膝の上に茶がこぼれた。

 

「あちっ」

 

デルタが跳ねる。尻尾が膨らんだ。

 

「シートベルト着用のサインが出ました。お客様は——」

 

乗務員の声が放送で流れた途端、二度目の揺れが来た。今度はもっと大きい。頭上の荷物棚からバッグが滑り落ち、数席先で誰かの悲鳴が上がった。

 

「乱気流?」

 

なのはがシートベルトを締め直しながら言った。だが、俺は窓を見ていた。

 

デルタの顔が窓にへばりついたまま固まっている。尻尾が止まった。耳が寝ている。何かを見ている。

 

「ツカサ」

 

「見てる」

 

窓の外。雲の切れ間。

 

そこに、人影があった。

 

炎を纏っていた。

 

人型。だが人ではない。全身を橙色の炎が包み、輪郭が揺らめいている。雲の上を飛んでいる。飛行機と並んでいる。速さはほぼ同じ。機体と数十メートルの距離を保ちながら、こちらを見ている。

 

頭部に嘴のような突起。首の周りに羽冠。背中に一対の翼。翼が羽ばたかないのに浮いている。炎の膜の下に、金色の何かが見える。装甲だ。羽根を重ねたような金色の装甲が、炎の向こうで光っている。

 

原種だ。

 

そして、あの形。あの翼。あの金色の装甲。

 

ウィザードのフェニックス。炎を操り、復活し、空を飛ぶ怪人。似ている。だが——

 

「ツカサ先生、あれは——」

 

フェイトの声が後ろから届く。彼女も窓の外を見ている。

 

「原種だ。それも新型の可能性が高い」

 

俺はシートベルトを外した。

 

「なのは、フェイト。乗客の保護を始めろ。シイナは機内の安全確保。ゼータは機外の監視。デルタは乗務員の指示に従って負傷者の補助。イータは寝てるなら起こせ」

 

「分かりました」

 

なのはが立ち上がった。フェイトも続く。二人の声が客室に響き、乗客が顔を上げる。

 

シイナは目を開けるなり状況を把握した。座席から立ち上がり、通路の荷物を退け始める。

 

ゼータは端末を握り直し、窓の外を凝視している。

 

「動きがあります。機体と並行していますが、距離が少しずつ縮んでいます」

 

炎の人影が動いた。

 

翼を打った。

 

一瞬で消えた。

 

「消えた?」

 

デルタが窓へへばりつく。外には雲しか映っていない。

 

「反対側だ」

 

俺は反対側の窓を見ようとした。だが座席からは見えない。ゼータが立ち上がり、通路側の窓を覗き込む。

 

「いた。機体の右側。さっきの左側から一瞬で移動した」

 

一瞬。左から右へ。数百メートルの移動が一瞬。

 

「軌跡がない」

 

ゼータの声が低い。

 

「飛んだんじゃない。消えて、現れた。瞬間移動です」

 

高速飛行ではない。飛んだなら、炎の軌跡が残るはずだ。残っていない。消えて、現れた。テレポートだ。

 

ウィザードのフェニックスには瞬間移動の能力はなかった。だが、別の怪人にはあった。あるいは——

 

フェニックスに似た、別の存在。

 

「ツカサ先生!」

 

なのはの声。客室の前方からだ。乗客を座席へ誘導している。

 

右側の窓の外で、炎が膨らんだ。

 

人影が翼を広げた。金色の翼。羽根が一枚一枚、刃のように鋭く光っている。翼が振られた。羽根が一枚、宙を切り裂いて機体の外板へ向かって飛んだ。

 

金属が裂ける音。鋭い。外板が切られた。

 

「防御!」

 

フェイトが声を上げ、デバイスを構えた。バリアが機体の側面へ展開される。二枚目の羽根がバリアに当たり、火花を散らして弾かれた。だが衝撃で機体が揺れる。乗客の悲鳴が重なる。

 

「やっぱり硬い」

 

フェイトが歯を食いしばる。バリアが撓んでいる。羽根一本の威力が大きい。

 

俺は窓へ向き直った。炎の人影がもう一度翼を振ろうとしている。その時、翼が開いた。

 

見えた。

 

右翼の付け根に、青い宝珠。左翼の付け根に、赤い宝珠。炎の膜が薄れ、宝珠の内部が透けて見える。そこに、目玉がある。原種の眼だ。宝珠の中で瞳孔が動いている。俺を見ている。

 

右翼の青い宝珠が光った。風が変わった。機体が横へ押される。突風ではない。操られている。

 

「フェニックスじゃない」

 

俺は呟いた。

 

「ゴルトフェニックスか」

 

ゴルトフェニックス。ウィザードのフェニックスの上位種。金色の翼を持ち、風と炎を操り、瞬間移動を行う。鋼鉄を切り裂く羽根を持つ。ウィザードの世界で、フェニックスよりもさらに厄介な存在だった。

 

だが、本物じゃない。中身は原種だ。メガヘクス型もドラス型もそうだった。外見と能力を再現した模倣体。

 

「全員、聞け」

 

俺は立ち上がった。通路へ出る。客室の騒音が高い。乗客の声、子供の泣き声、荷物が滑る音。だが、俺の声は届いた。

 

「敵は一体。飛行能力、瞬間移動、風と炎の操作を持つ。鋼鉄を切る羽根を飛ばしてくる。機体の外板を守りながら、乗客を優先する」

 

「ツカサ先生、機体の外に出るんですか?」

 

なのはが前の座席から振り返る。

 

「出る。だが、機体を開放すれば与圧が崩れる。乗客が危ない」

 

「では、どうやって——」

 

「方法を整える。少しかかればいい」

 

ゼータが端末を操作している。

 

「機体後部の貨物ハッチからなら、与圧を保ったまま小規模な出口を確保できる可能性があります。構造を計算します」

 

「頼む。イータ、起きろ」

 

最後列から毛布が跳ね上げられた。イータの顔が覗く。眠そうな目。だが、手はすでに端末を握っている。

 

「音で目標の位置は追える。周波数を送る」

 

「受信した。解析開始」

 

イータの目が覚めた。眠気が消え、代わりに鋭い光が浮かぶ。

 

機体が再び揺れた。右側の外板から金属音が響く。フェイトのバリアが限界に近い。

 

「フェイト、バリアを維持しつつ反撃の準備をしろ。なのは、乗客の保護が終わったら機体の外側へ展開しろ。シイナは機内の負傷者を確認」

 

「了解」

 

三人の声が重なった。

 

青い宝珠がまた光った。風が機体を叩く。機体が傾く。乗客の悲鳴。

 

俺は腰のネオディケイドライバーへ手を置いた。

 

空中戦。飛行能力を持つ敵。瞬間移動。風と炎。鋼鉄を切る羽根。機体を守りながら、敵を引き離す必要がある。

 

カードの束をライドブッカーから抜く。指が一枚を選ぶ。

 

「ゼータ。貨物ハッチの計算はどれくらいだ」

 

「あと四十秒」

 

「急げ」

 

「急いでる」

 

デルタが通路を駆けていく。乗務員の指示に従い、座席から出た乗客を席へ戻している。尻尾が膨らんだままだ。だが手は正確に動く。怯えた子供の背中を押し、座席へ座らせる。

 

四十秒。

 

その間に、敵が来る。

 

赤い宝珠が光った。炎が翼の周囲に集まり、渦を巻く。熱波が機体の外板を叩く。フェイトのバリアが赤く発光する。

 

「熱い…!」

 

「フェイト、持ちこたえろ」

 

「持ちます」

 

フェイトの声が震えた。だが、バリアは消えない。

 

「計算完了」

 

ゼータが端末を掲げた。

 

「後部貨物ハッチ。小型の出口を確保できます。与圧保持。十秒で開けます」

 

「開けろ」

 

俺はカードをネオディケイドライバーへ装填した。

 

「乗客の保護を最優先にしつつ、機体を維持する。俺が外へ出て、あいつを引き離す」

 

「ツカサ先生、一人で——」

 

なのはの声。だが俺は首を振った。

 

「機体を守れる人間がいなきゃ乗客が危ない。お前らはここで持ちこたえろ。俺があいつを引き受ける」

 

なのはは一瞬だけ唇を噛んだ。だが、頷いた。

 

「分かりました。先生を信じます」

 

「ああ」

 

機体の後部で、貨物ハッチが開く音がした。

 

冷たい空気が流れ込む。風が客室の空気を巻き上げる。だが、与圧は保たれた。ゼータの計算通りだ。

 

俺は通路を駆け、後部へ向かった。デルタが横へ退けて道を作る。シイナが負傷者を座席へ固定しながら、こちらを見た。

 

「ツカサさん。気をつけて」

 

「ああ」

 

貨物ハッチの縁に手をかけた。外は雲と風と炎。一万メートルの空。敵が待っている。

 

「変身」

 

『KAMEN RIDE DECADE!』

 

黒と赤の装甲が体を覆う。マゼンタの複眼が雲の光を捉える。

 

風が強い。だが、この高さなら飛べる。

 

俺はハッチの縁を蹴った。

 

雲の中へ飛び出す。金色の翼が、待っていた。

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