雲が渦を巻いていた。
一万メートルの空は、下から見上げる時と上から見下ろす時で全く違う。白い海だ。どこまでも白い。その白さの中へ飛び出した俺の体を、冷たい風が叩く。ディケイドの装甲が風を切り、マゼンタの複眼が雲の反射光を拾って明滅した。
機体が背後で遠ざかっていく。貨物ハッチから飛び出した勢いで、数メートル先へ放り出された。足場はない。だがディケイドのままでいる必要はない。空中戦へ対応できるライダーはいくつもある。その前に、まず敵の位置を確保する。
ライドブッカーを構えた。銃モード。雲の切れ間に、金色の翼が見える。右翼の青い宝珠が光り、左翼の赤い宝珠が脈動している。炎の膜が翼の周囲で揺らめき、黄金の羽根が一枚一枚、刃のように光っている。
俺は引き金を引いた。
弾丸が雲を切り裂いて飛ぶ。金色の翼へ向かって一直線に。
当たらなかった。
弾丸が雲へ消え、何もない空間を穿っただけだった。金色の翼があった場所に、翼はない。炎の残滓すらない。
消えた。
「——」
背後で風が変わった。
音がない。翼音もない。振動もない。ただ、空気の密度が変わった。俺の背中のすぐ後ろに、何かがいる。
反射で体を回した。間に合わない。だが、ライドブッカーが間に合った。
銃モードからソードモードへ。一瞬。指が動くより速く、ブッカーの刃が展開する。
金属がぶつかる音。鋭く、高い。雲の上で響く。
黄金の剣が、ライドブッカーの刃と噛み合っていた。
剣。二振り。ゴルトフェニックスの両手に、翼を模した黄金の剣が握られている。羽根を重ねたような刃で、一枚一枚が鋭く光っている。右手的剣が上から、左手的剣が横から。二方向の斬撃が同時に来ていた。
受け止めた。だが、重い。
刃が軋む。ライドブッカーの刀身が、黄金の剣の重さに耐えている。ディケイドの腕力で支えているが、空中に足場がない分、衝撃が全身へ流れる。背中の空中で、体が押される。
「っ」
二振りの剣を弾いた。右への剣を下へ逸らし、左からの剣を外へ流す。間合いが開く。ゴルトフェニックスが翼を広げ、金色の羽根が風を打った。
姿が消えた。
まただ。
左から右へ。右から上へ。上から正面へ。現れるたびに位置が変わり、剣が振られるたびに刃の角度が変わる。瞬間移動。軌跡がない。予測できない。
予測できない、か。
いや、できる。
瞬間移動の着地点には、法則があるはずだ。無制限にどこへでも飛べるなら、最初から機体の真正面へ現れて一撃で終わらせている。そうしないのは、飛べる範囲か、飛べる回数かに制限があるからだ。
三回目の移動。右斜め上から来た。剣が振り下ろされる。ライドブッカーで受ける。火花。黄金の羽根が一枚剥がれ、風に舞う。
四回目。左横。剣が横薙ぎ。回避した。だが羽根が一枚、装甲の肩を掠めた。浅い。だが切れた。ディケイドの装甲を一枚の羽根が切り裂いた。鋼鉄を切る羽根。本物のゴルドフェニックスと同じ。
五回目。背後。
来る前に、俺は動いた。
真下へ。重力に任せて落ちる。背後の剣が空を切り、黄金の羽根が俺のいた場所を通過した。
六回目。
来ない。
一瞬の空白。俺は雲の中を落下しながら、ライドブッカーを握り直した。
制限は回数ではない。間隔だ。連続して飛べない。数秒の空白がある。その間に、敵は翼を羽ばたかせて通常の飛行に戻っている。
なら、その空白を突けばいい。
だが、突くだけでは足りない。こいつは風と炎を操る。遠距離から攻めても、風で逸れ、炎で焼かれる。近接で受けても、瞬間移動で距離を取られる。
機体に近づけさせないためには、こいつをここに留めなければならない。だが、空中で逃げ回る相手を抑え込むには、足場がいる。
足場。
雲の上には足場がない。機体は使えない。空中に固定できる場所もない。
なら、作る。
俺はカードを取り出した。
龍騎。
ドラグブッカーと契約した仮面ライダー。ミラーワールドの住人。鏡の中を通る力を持つ。そして、空中に滞空できるドラグレッダーという相棒がいる。
だが、今使いたいのはドラグレッダーではない。
ミラーワールドだ。
鏡の中の世界。現実世界と重なって存在する、もう一つの空間。そこなら、機体への被害はない。乗客も巻き込まれない。風も炎も、向こう側で暴れればいい。
問題は、どうやってあいつをミラーワールドへ引きずり込むかだ。
ゴルトフェニックスが六回目の移動を終えていた。右前方に現れた。翼が広がり、赤い宝珠が光り始めている。炎を溜めている。
俺はネオディケイドライバーへカードを装填した。
『KAMEN RIDE RYUKI!』
赤い装甲が体を覆う。龍騎の姿。龍を模したメットの複眼が金色の光を捉える。ドラグセイバーが手に出現する。だが、今は使わない。
俺は左手を前方へ突き出した。
ミラーワールドへの入り口を開く。龍騎の能力。鏡面を通じて、現実世界とミラーワールドを繋ぐ。
だが、鏡がない。雲の上に鏡はない。
いや、ある。
眼下に、機体がある。機体の側面。金属の外板。磨かれたアルミニウムの表面が、太陽の光を反射して鏡のように光っている。
あれが、鏡だ。
俺は落下を止めた。空中で体勢を整え、機体の方へ向く。ゴルトフェニックスが追ってくる。翼が打たれ、炎が尾を引く。
機体の側面。反射光が俺の目に入る。その光の中に、もう一つの世界が見える。ミラーワールド。鏡の中の空間が、俺を呼んでいる。
ゴルトフェニックスが剣を振り上げた。
今だ。
俺は機体の側面へ手を伸ばした。ドラグセイバーの刃を、反射面へ突き入れる。刃が表面を裂き、鏡の水面が波立つように、空間が揺らぐ。
入り口が開いた。
「来い」
ゴルトフェニックスが炎を放った。赤い宝珠から溢れ出した炎が、黄金の翼と共に俺へ向かって殺到する。
俺はその炎の中へ飛び込んだ。
熱い。だが龍騎の装甲が耐える。炎を切り裂き、反射面へ体を滑り込ませる。鏡の表面が波立ち、俺の体がミラーワールドへ吸い込まれていく。
最後の瞬間、俺は振り返った。
ゴルトフェニックスが追ってきている。炎の軌跡を引きながら、俺と同じ場所へ向かって飛んでくる。
避けられない。俺が作った入り口へ、敵も入ってくる。
それでいい。
ゴルトフェニックスの体が反射面に触れ、空間が揺れた。
俺とゴルトフェニックス。二つの体が、鏡の表面を通ってミラーワールドへ滑り込んでいく。
世界が反転した。
空が逆さまになる。雲が鏡面の向こうで揺れ、機体の姿が水面のように歪む。その上で、俺とゴルトフェニックスが向かい合う。
ミラーワールド。
足場がある。硬い。ガラスのような床がどこまでも広がり、空は歪んだ鏡面で覆われている。
ゴルトフェニックスの翼が広がった。金色の羽根が、ミラーワールドの光を反射して輝く。全身の目玉が一斉に俺を捉える。
機体はない。乗客もいない。風も炎も、ここでなら暴れ放題だ。
俺はドラグセイバーを構えた。
「ここなら、迷子になっても探しやすい」
誰に言ったわけでもない。
ゴルトフェニックスが剣を振り上げ、ミラーワールドの空に黄金の翼が舞った。