機体が無事に飛行を続けていることを確認したのは、ミラーワールドから戻ってすぐだった。
貨物ハッチから機内へ戻るとなのはとフェイトが乗客の対応に追われていた。シイナは負傷者の手当てをし、デルタは通路で子供をあやしている。ゼータは端末を握ったまま、機体の外板の損傷を記録していた。イータは座席に戻ってすぐ、眠るように目を閉じた。いやあれは寝ているのではない。解析だ。目を閉じて、頭の中でデータを組み立てている。
俺は通路の端に座り込んだ。変身を解除し、ディケイドの装甲が消える。汗が冷える。機内の空調がやけに涼しく感じた。
着陸は予定通りだった。
空港では現地のEXCEEDS支部が受け入れをしてくれた。乗客の避難誘導、機体の修理手配負傷者の搬送。すべてが手際よく進む。俺たちは簡単な報告を済ませ、支部の一室へ通された。
「で、あれは何だったの」
シイナがソファに深く座りながら言った。腕の擦り傷はもう手当て済みだ。包帯の上から制服の袖を被せている。
「ゴルトフェニックス」
俺は答えた。
「ミラーモンスターと呼ばれる個体の中でも最強と呼ばれる存在だ。ただ、姿は鳥のはずだがな」
「最強?」
なのはが首を傾げた。
「あれ、人型だったよね」
「そうだ。だから最初はフェニックスだと思った。だが、翼と宝珠を見てゴルトフェニックスだと判断した。能力は一致している。姿は違う」
イータが目を開けた。端末を操作し、戦闘記録を再生する。画面にミラーワールドでの戦闘が映し出される。翼を広げた人型の輪郭。黄金の羽根。赤と青の宝珠。
「これを見て」
イータが映像を止めた。翼を広げた瞬間のコマだ。人型の背中から翼が生えている。胴体と四肢は人間の形をしている。腕があり脚がある。翼は背中から伸びている。
「元のゴルトフェニックスは、こんな形じゃなかった」
俺は言った。イータがこちらを見る。
「鳥型だった。翼そのものが腕の代わりで、脚は鉤爪だった。胴体は鳥そのものだ。だが、こいつは違う。腕と翼を別々に持っている。人型の身体で、翼を背中に生やしている」
「能力だけ真似して、形は真似しなかったってこと?」
デルタが聞いた。尻尾が揺れている。興味があるのだろう。
「それとも、真似できなかったのか」
「分からん。どちらもあり得る」
俺は正直に答えた。
デルタがソファの背もたれに体重を預ける。
「飛べて、戦えるなら、それでいいんじゃないか。形なんてどうでも」
「そうかもしれない」
俺はデルタの言葉を否定しなかった。原種にとって、重要なのは形ではなく機能だ。鳥の形でなければ飛べないわけではない。人型でも翼があれば飛べる。腕があれば剣を振れる。翼と腕を同時に使えるなら、鳥型よりも器用に戦える。
「だが、気になる点がある」
ゼータが端末を覗き込んだ。猫の目が細くなる。
「腕と翼の動きを見て。翼を打った直後に腕で剣を振っている。翼と腕を別々に動かしている」
「鳥には腕がない。翼だけだ。だが、こいつには両方ある」
イータが頷いた。
「鳥の姿を無理に人型へ押し込んだのか、それとも最初から腕と翼を別々に使う構造なのか。記録だけでは内部構造までは分からない」
「観察と推測を分けよう」
俺は言った。イータは頷き、端末に何かを打ち込む。
「仮説はいくつかある。一つ、原種の本体に合わせた不完全な再現。二つ、財団Xなどによる意図的な改造。三つ、取り込んだ能力を維持しながら原種自身が身体を作り替えた。四つ、複数の特徴が混ざった結果人型へ変化した」
「どれも、この個体の外見だけでは確定できない」
なのはが腕を組んだ。
「でも、財団Xが関与してるのは確かなんだよね」
「ああ。だが、今回の人型化まで財団Xが指示したとは断定できない。関与と指示は別だ」
フェイトが静かに言った。
「じゃあ、次に別の個体が出たら」
「比較する」
俺は答えた。
「同系統の別個体や、過去の記録と比較する。今回の姿を、この種全体の完成形とは扱わない」
「何を模しているか、から」
ゼータが言いかけて、言葉を選ぶ。
「取り込んだ力をどう使い直しているか、に視点を変える必要がある」
「そうだ」
俺は頷いた。元の怪物を知っていても、原種の姿や弱点まで予測できるとは限らない。ゴルトフェニックスは鳥型だった。だが、今回の個体は人型だった。能力は同じでも、形が違えば戦い方も違う。弱点も違う可能性がある。
「元の姿がこいつらの行き先とは限らない」
俺は呟いた。
「既存の怪物を再現するだけじゃない。その能力を材料にして、別の姿へ変化している可能性がある」
部屋が静かになった。なのはが端末に何かを記録する。フェイトは考え込むように目を閉じる。シイナは腕を組み、天井を見ている。
「今後は、外見や技の一致だけで敵を判断しない」
俺は締めくくった。
「身体の構造と能力の使い方も記録する。進化の原因は未解明だ。次に現れる個体との比較を、調査課題として残す」
イータが端末を閉じた。目が少し眠そうだ。だが、満足している顔でもある。データが足りないことを認めつつ、次の課題が見えたからだ。
デルタがソファから立ち上がり、伸びをする。
「難しいことは分からないけど、次も戦えばいいんだろ」
「そうだな」
「なら、いい」
デルタはそう言って、部屋の隅で丸くなった。もう寝るつもりらしい。
なのはが小さく笑った。フェイトも肩の力を抜く。シイナはまだ天井を見ていたが、やがて視線を戻した。
「ツカサさん」
「ん」
「あんたの言う通り、次は姿だけじゃ判断できないな」
「ああ」
「でも、倒せる」
「倒す」
短い会話だった。だが、それで十分だった。
窓の外では、現地の空が暗くなり始めている。次の任務は、まだ先だ。だがその前に整理しておくべきことがある。
原種は、変わっている。
それが自然な変化なのか、誰かの意図なのか。今はまだ分からない。
分からないまま、次の個体を待つ。