現地の空港から支部までは車で一時間だった。窓の外に広がる街並みは瑞穂とそう変わらない。警報機。防護シャッター。壁に刻まれた爪痕をコンクリートで埋めた跡。世界のどこへ行っても、人間は同じものを並べて暮らしている。
支部の応接室へ通された時、そこにいた人物に目を止めた。
長い桃色の髪。騎士服。腰に吊られた剣。
「シグナム」
「久しいな、ツカサ」
彼女は立ち上がりもせず、ただ顎を引いて挨拶を返した。騎士らしい硬質な所作。だがその目は以前と変わらず、こちらの状態を一目で測っていた。俺の肩。包帯の跡。彼女はそれについて何も聞かなかった。聞く価値がないと判断したのだろう。戦い続けている人間に傷の話は無駄だと知っている。
「機上の一件は報告で聞いた」
「なら説明は要らないな」
「ああ。だが——」
シグナムの視線が俺の横を通り過ぎた。
シイナが部屋へ入ってきたのだ。
「あら。シグナムさん、いましたか」
「久しぶりだな、久瀬シイナ」
俺は壁際の椅子に腰を下ろした。二人の会話を見守る。口を挟む理由がない。
シイナはシグナムの前に座った。遠慮のない座り方だ。だが背筋はまっすぐだ。シグナムの前で背筋を曲げる者は少ない。
「報告書は読んだ」シグナムが言った。「機上で原種一体。お前は乗客の保護と負傷者の処置を担ったという」
「まあね。あたしの出番はそっちの方が多かったから」
「ツカサが機外へ出てから、機内はお前が支えた」
「なのはさんとフェイトさんもいたよ。あたしひとりの手柄じゃない」
「謙遜は聞いていない」
シグナムの声は刃のように平坦だった。シイナが少し目を見開く。
「お前は炎を使える。なら機外での戦闘にも加われるはずだった。だが乗せられなかった——乗客の中に怪我人がいたからだ」
「……そりゃまあ」
「誰かが残らねばならぬ場所で、迷わず残れる者は少ない。武人は前に出ることしか能がないと思われがちだが、守るべき場所を見誤らない武人こそが本当の武人だ」
シイナは一瞬、何か言いかけて、やめた。それから短く息を吐いた。
「……最初は悔しかったんですけどね。窓の外であたしじゃ届かない戦いがしてて」
「そうだろうな」
「でも、泣いてる子供の手当てしてたら、まあ、どうでもよくなった」
シグナムの口元が、ごくわずかに緩んだ。
「良い答えだ」
それ以上、二人は多くを語らなかった。シグナムは立ち上がり、シイナに一度頷いてから部屋の端へ歩いた。
そこで、彼女はゼータの前に立った。
ゼータは窓際で端末を操作していた。シグナムの気配に気づいて顔を上げる。猫の耳がわずかに動いた。
「報告書には書かれていないことがある」シグナムは言った。「あの時の脈動の妨害についてだ。私に聞かせろ」
「事実を並べるだけなら」ゼータは端末を閉じた。「地下と地上の脈動に時間差があった。一拍遅れで地上が動いていた。その間隔を乱した」
「それを見抜くまでにどれほどかかった」
「三撃目を受けたあたりで」
「三撃」シグナムは繰り返した。「ツカサが三撃を受けている間に、お前は計測していたのだな」
「見える場所にいたから」
「見える場所にいた者は他にもいた」シグナムの声から平坦さが薄れ、わずかな熱が混じった。「だが見ていたのはお前だけだ」
ゼータは答えなかった。事実だから——と言いかけて、やめたのだろう。それとも単に、返す言葉を選んでいるうちに次の言葉が来たのか。
「もう一つ聞きたい」シグナムは窓の外へ視線を投げた。「久瀬シイナを、どう見る」
ゼータは少し黙っていた。耳が一度だけ、揺れた。
「強い」彼女は言った。「迷いがない。……いや、一度だけあった」
「どこで」
「機上で最後の一撃を出す時。彼女は炎を仲間の周囲へ回した。ほんの一瞬、ためらった」
「ふむ」
「悪い意味じゃない」ゼータは付け足した。「焼く相手と守る相手の区別をつけているってことだと思う。区別をつけている人間は、ためらう場所を知っている」
シグナムはしばらく黙っていた。それから短く息を吐いた。笑いに近いものだったかもしれない。
「ツカサの弟子は、どうしてこう揃って観察眼だけは一人前なのだろうな」
「弟子じゃない。家族だ」
「同じことだ」
そう言い捨てて、シグナムは部屋を出ていった。
ゼータは端末を開き、何事もなかったように操作へ戻った。
俺は椅子に沈んだまま、天井を見る。
ためらう場所を知っている者。
あの剣士が誰を育て、何を待っているのか。俺には分からないことがまだ多い。だが、あの一瞬のためらいについてだけは、ゼータの判断が正しい気がした。
知っているからためらう。ためらえるから、選べる。
「次の原種の出現予測は?」
「今まとめてる」ゼータは画面を見たまま答えた。「三十分」
「急ぐ必要はない」
窓の外では、異国の街へ夜が降りてきていた。