映像が止まっていた。
ミラーワールドでの戦闘記録。最後の一コマ。ゴルトフェニックス型原種が翼を広げた瞬間。人型の輪郭。背中から伸びる黄金の翼。腕と翼が別々に動いている。
イータが映像の翼と腕の接続部分を拡大した。画面に拡大された映像が映し出される。背中の翼の付け根と、肩の関節。二つの構造が重なっていない。翼は背中の中央から生え、腕は肩から独立して動いている。
「本来のゴルトフェニックスは鳥型だ」
俺は言った。映像を見ながら、記憶を辿る。
「翼そのものが腕の代わりだ。脚は鉤爪。胴体は鳥の形をしている。だが、こいつは違う。腕と翼を別々に持っている」
「つまり、元の姿をそのまま再現したわけではない」
イータが指摘した。淡々とした声だ。だが瞳が鋭い。解析モードに入っている。
「能力は一致している。飛行、瞬間移動、風と炎の操作。だが、身体の構造が違う」
「再現の不完全さなのか」
「かもしれない。だが——」
俺は映像を見つめた。人型の身体。背中の翼。二振りの剣を握る腕。
鳥型では剣を振れない。翼しかないからだ。だが人型なら腕がある。剣を持てる。翼で飛びながら腕で戦える。鳥型よりも器用だ。
不完全な再現なのか。それとも、わざと別の形へ作り替えたのか。
「一体だけじゃ分からない。断定はしない」
俺は映像を止めた。画面が暗くなる。人型の輪郭が消え、黒い画面だけが残る。
「次の個体を見る必要がある」
イータが頷く。端末へ記録を保存する指が速い。
その時、端末が鳴った。
イータが画面を切り替える。近隣の封鎖区画。センサー反応。生体署名。原種だ。
「距離、四百メートル。封鎖区画の東側」
「種類は」
「不明。記録にない署名」
記録にない。つまり、今まで見た原種とは違う。
俺は椅子から立ち上がった。肩がまだ少し重い。だが動かないほどではない。
「行くぞ」
徳爾塔が椅子から弾けるように立ち上がった。尻尾が揺れる。ゼータは無言で端末を閉じ、腰の装備を確認する。イータは記録用の端末をバッグへしまい、別の端末を取り出した。
封鎖区画へ向かう道中、会話は減った。
街灯がまばらだ。封鎖されている区画は、住民が避難してから日数が経っている。窓に防護板が打ちつけられ、壁に避難標識が貼られている。だが誰もいない。
通りの両側に車両が並んでいた。放置されている。ドアが開いたままの車。フロントガラスが割れた車。一台は横転し、底が剥き出しになっている。いずれも原種によるものだろう。爪痕。へこみ。溶けたような跡。
静かだ。風が通りの奥から吹いてくる。車のキーが外れたまま揺れる音が、遠くで鳴っている。
俺は物陰へ体を寄せた。建物の壁。窓のない側面。視線を通りの奥へ巡らせる。
ゼータが隣に来た。足音がしない。猫科の獣人。暗がりに溶ける。
「人影はない。退路は通りの西側と、建物の裏手」
ゼータは短く報告した。耳が動いている。通りの奥へ向けられている。
「通りの奥に何かいる」
デルタが低い声で言った。鼻先が空気を読んでいる。尻尾がゆっくりと膨らんでいる。
「匂いは」
「金属と、生き物。混ざってる。これまでの原種と同じ」
「数は」
「ひとつ。…いや、わからない。匂いが広がりすぎてる」
デルタの鼻が利く。だが今回は判定が曖昧だ。これまでの原種と同じ匂いが、通りの奥から漂っている。
俺は壁から離れようとした。徳爾塔が俺の腕を引いた。
「ツカサ。単独で近づくな」
「分かってる」
「分かってない。いつもそうだから言ってる」
デルタの目が真っすぐ俺を見ていた。犬科の瞳。暗い中で光を集める。
「四人で動く。あたしの後ろにいてくれ」
「…分かった」
徳爾塔は頷いて、通りの中央へ一歩出た。腰が落ちている。獣の姿勢。鼻が空気を切る。
ゼータが右側の建物の陰へ回る。デルタの死角をカバーする位置だ。イータは後方で端末を構える。解析の準備ができている。
俺は徳爾塔の後ろについた。ライドブッカーに手をかける。まだ変身しない。敵の正体が分からない内は、カードを選べない。
金属を引きずる音が聞こえた。
通りの奥から。重い。何かが地面を削りながら動いている。車の屋根がへこむ音がした。何かが車の上を通っているのか、あるいは車を押しているのか。
音が近くなった。
そして、通りの奥から、影が現れた。
人型だ。
だが、左右の腕の長さが違う。
右腕が長い。膝のあたりまである。左腕は普通の長さだ。いや、普通より短いかもしれない。右腕が異常に長い分、バランスが崩れている。
歩き方が歪んでいる。右腕の重さに体が引かれている。だが、動きは止まっていない。
車両の間を縫って、こちらへ向かってきている。
俺はライドブッカーを握る手に力を入れた。
新しい個体だ。
腕の長さが違う。これまでの原種にはない特徴だ。メガヘクス型もドラス型もゴルトフェニックス型も、対称的な身体をしていた。だが、こいつは非対称だ。
何を取り込んだのか。あるいは、何を作り替えているのか。
まだ分からない。だが、見れば見るほど、あの右腕が気になる。長い。太い。そして、先端が見えない。通りの暗がりに消えている。
「イータ。あいつの右腕、何か見えるか」
「待って。端末で拡大——」
イータの声が止まった。
「…ツカサ」
「なんだ」
「右腕の先端。手じゃない」
俺は目を凝らした。通りの奥。暗がりの中。右腕の先端が、街灯の光を反射した。
金属の光。
刃だ。
右腕の先端が刃になっている。手ではなく、剣のような構造が腕の先端から伸びている。あるいは、腕そのものが刃なのかもしれない。
「腕が剣になってる」
イータが確認した。
「構造的には、腕と刃が一体化している。分離できない。手は存在しない」
手がない。剣しかない。
鳥型のゴルトフェニックスは翼が腕の代わりだった。人型のゴルトフェニックス型は腕と翼を別々に持っていた。そしてこいつは、腕そのものを剣に作り替えている。
元の姿から離れている。
能力を取り込んだ上で、自分に合わせて形を変えている可能性が、また強くなった。
「デルタ。下がれ」
「いや」
デルタは動かなかった。通りの中央で、非対称の原種を睨んでいる。
「あたしが引き受ける」
「まだ敵の能力が分かってない。下がれ」
「分からないなら、近づいて確かめる」
「だから単独で近づくなと——」
原種が止まった。
通りの中央。街灯の下。左右の腕の長さが異なる人型。右腕の刃が光を反射し、全身に原種特有の目玉が開き始めている。
俺を見ている。デルタを見ている。ゼータを見ている。イータを見ている。
別々の方向を、同時に。