悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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原種の変化

映像が止まっていた。

 

ミラーワールドでの戦闘記録。最後の一コマ。ゴルトフェニックス型原種が翼を広げた瞬間。人型の輪郭。背中から伸びる黄金の翼。腕と翼が別々に動いている。

 

イータが映像の翼と腕の接続部分を拡大した。画面に拡大された映像が映し出される。背中の翼の付け根と、肩の関節。二つの構造が重なっていない。翼は背中の中央から生え、腕は肩から独立して動いている。

 

「本来のゴルトフェニックスは鳥型だ」

 

俺は言った。映像を見ながら、記憶を辿る。

 

「翼そのものが腕の代わりだ。脚は鉤爪。胴体は鳥の形をしている。だが、こいつは違う。腕と翼を別々に持っている」

 

「つまり、元の姿をそのまま再現したわけではない」

 

イータが指摘した。淡々とした声だ。だが瞳が鋭い。解析モードに入っている。

 

「能力は一致している。飛行、瞬間移動、風と炎の操作。だが、身体の構造が違う」

 

「再現の不完全さなのか」

 

「かもしれない。だが——」

 

俺は映像を見つめた。人型の身体。背中の翼。二振りの剣を握る腕。

 

鳥型では剣を振れない。翼しかないからだ。だが人型なら腕がある。剣を持てる。翼で飛びながら腕で戦える。鳥型よりも器用だ。

 

不完全な再現なのか。それとも、わざと別の形へ作り替えたのか。

 

「一体だけじゃ分からない。断定はしない」

 

俺は映像を止めた。画面が暗くなる。人型の輪郭が消え、黒い画面だけが残る。

 

「次の個体を見る必要がある」

 

イータが頷く。端末へ記録を保存する指が速い。

 

その時、端末が鳴った。

 

イータが画面を切り替える。近隣の封鎖区画。センサー反応。生体署名。原種だ。

 

「距離、四百メートル。封鎖区画の東側」

 

「種類は」

 

「不明。記録にない署名」

 

記録にない。つまり、今まで見た原種とは違う。

 

俺は椅子から立ち上がった。肩がまだ少し重い。だが動かないほどではない。

 

「行くぞ」

 

徳爾塔が椅子から弾けるように立ち上がった。尻尾が揺れる。ゼータは無言で端末を閉じ、腰の装備を確認する。イータは記録用の端末をバッグへしまい、別の端末を取り出した。

 

封鎖区画へ向かう道中、会話は減った。

 

街灯がまばらだ。封鎖されている区画は、住民が避難してから日数が経っている。窓に防護板が打ちつけられ、壁に避難標識が貼られている。だが誰もいない。

 

通りの両側に車両が並んでいた。放置されている。ドアが開いたままの車。フロントガラスが割れた車。一台は横転し、底が剥き出しになっている。いずれも原種によるものだろう。爪痕。へこみ。溶けたような跡。

 

静かだ。風が通りの奥から吹いてくる。車のキーが外れたまま揺れる音が、遠くで鳴っている。

 

俺は物陰へ体を寄せた。建物の壁。窓のない側面。視線を通りの奥へ巡らせる。

 

ゼータが隣に来た。足音がしない。猫科の獣人。暗がりに溶ける。

 

「人影はない。退路は通りの西側と、建物の裏手」

 

ゼータは短く報告した。耳が動いている。通りの奥へ向けられている。

 

「通りの奥に何かいる」

 

デルタが低い声で言った。鼻先が空気を読んでいる。尻尾がゆっくりと膨らんでいる。

 

「匂いは」

 

「金属と、生き物。混ざってる。これまでの原種と同じ」

 

「数は」

 

「ひとつ。…いや、わからない。匂いが広がりすぎてる」

 

デルタの鼻が利く。だが今回は判定が曖昧だ。これまでの原種と同じ匂いが、通りの奥から漂っている。

 

俺は壁から離れようとした。徳爾塔が俺の腕を引いた。

 

「ツカサ。単独で近づくな」

 

「分かってる」

 

「分かってない。いつもそうだから言ってる」

 

デルタの目が真っすぐ俺を見ていた。犬科の瞳。暗い中で光を集める。

 

「四人で動く。あたしの後ろにいてくれ」

 

「…分かった」

 

徳爾塔は頷いて、通りの中央へ一歩出た。腰が落ちている。獣の姿勢。鼻が空気を切る。

 

ゼータが右側の建物の陰へ回る。デルタの死角をカバーする位置だ。イータは後方で端末を構える。解析の準備ができている。

 

俺は徳爾塔の後ろについた。ライドブッカーに手をかける。まだ変身しない。敵の正体が分からない内は、カードを選べない。

 

金属を引きずる音が聞こえた。

 

通りの奥から。重い。何かが地面を削りながら動いている。車の屋根がへこむ音がした。何かが車の上を通っているのか、あるいは車を押しているのか。

 

音が近くなった。

 

そして、通りの奥から、影が現れた。

 

人型だ。

 

だが、左右の腕の長さが違う。

 

右腕が長い。膝のあたりまである。左腕は普通の長さだ。いや、普通より短いかもしれない。右腕が異常に長い分、バランスが崩れている。

 

歩き方が歪んでいる。右腕の重さに体が引かれている。だが、動きは止まっていない。

 

車両の間を縫って、こちらへ向かってきている。

 

俺はライドブッカーを握る手に力を入れた。

 

新しい個体だ。

 

腕の長さが違う。これまでの原種にはない特徴だ。メガヘクス型もドラス型もゴルトフェニックス型も、対称的な身体をしていた。だが、こいつは非対称だ。

 

何を取り込んだのか。あるいは、何を作り替えているのか。

 

まだ分からない。だが、見れば見るほど、あの右腕が気になる。長い。太い。そして、先端が見えない。通りの暗がりに消えている。

 

「イータ。あいつの右腕、何か見えるか」

 

「待って。端末で拡大——」

 

イータの声が止まった。

 

「…ツカサ」

 

「なんだ」

 

「右腕の先端。手じゃない」

 

俺は目を凝らした。通りの奥。暗がりの中。右腕の先端が、街灯の光を反射した。

 

金属の光。

 

刃だ。

 

右腕の先端が刃になっている。手ではなく、剣のような構造が腕の先端から伸びている。あるいは、腕そのものが刃なのかもしれない。

 

「腕が剣になってる」

 

イータが確認した。

 

「構造的には、腕と刃が一体化している。分離できない。手は存在しない」

 

手がない。剣しかない。

 

鳥型のゴルトフェニックスは翼が腕の代わりだった。人型のゴルトフェニックス型は腕と翼を別々に持っていた。そしてこいつは、腕そのものを剣に作り替えている。

 

元の姿から離れている。

 

能力を取り込んだ上で、自分に合わせて形を変えている可能性が、また強くなった。

 

「デルタ。下がれ」

 

「いや」

 

デルタは動かなかった。通りの中央で、非対称の原種を睨んでいる。

 

「あたしが引き受ける」

 

「まだ敵の能力が分かってない。下がれ」

 

「分からないなら、近づいて確かめる」

 

「だから単独で近づくなと——」

 

原種が止まった。

 

通りの中央。街灯の下。左右の腕の長さが異なる人型。右腕の刃が光を反射し、全身に原種特有の目玉が開き始めている。

 

俺を見ている。デルタを見ている。ゼータを見ている。イータを見ている。

 

別々の方向を、同時に。

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