校門の前は、相変わらず騒がしい。
新品の制服に身を包んだガキどもと、落ち着きのない保護者。どの世界でも、入学式の空気は似たり寄ったりだ。
そんな中を、俺は一人、だらりと歩く。
制服? 着るわけがない。
この世界が俺に用意した役割が教師だとしても、だからといって“らしく”振る舞う義理はない。
案の定、視線が刺さる。
ひそひそとした声も聞こえる。
(……観光客か、保護者か、それとも不審者か。好きに思え)
欠伸を噛み殺しながら校舎へ向かうと、空気が少しずつざわついていくのが分かる。教師連中まで混じってるのは、正直笑えない。
体育館に集められた新入生たちを、壇上の端から眺める。
緊張、期待、不安。
その中に、無理に背筋を伸ばしてる奴もいる。そういうのは、だいたい後で壊れる。
校長の長い話が終わり、担任紹介に入ったところで、俺の番が来た。
「一年〇組担任、門矢ツカサ先生です」
……ああ、来たな。
一歩前に出るだけで、空気が変わる。
「は?」
「え、先生?」
予想通りの反応だ。
俺はマイクにも触れず、適当に手を挙げる。
「どうも。眠そうな顔してるけど、起きてる。たぶん」
教師連中の空気が一気に冷えるのを感じる。
構わない。どうせ仲良くする気はない。
ガキどもを一通り見渡してから、最低限だけ言っておく。
「先に言っとく。先生は優しくないし、期待にも応えない。立派な人間にする気もねぇ」
一瞬、体育館が静まり返る。
そのまま続けた。
「……でも、壊れそうな奴は見捨てない。それだけだ」
言うことは言った。
俺は壇上を降りる。
(教師、か)
相澤先生みたいに器用にはやれねぇし、他の先生のように出来るとは思えない。
だが、この世界がそれを求めるなら――
俺は、俺のやり方でやるだけだ。
放課後の教室は、昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
机の上に残った教科書の匂いと、まだ新しい床の軋む音。こういう時間は嫌いじゃない。ガキどもの本音が、少しだけ顔を出す。
黒板を消し終えたところで、教室の扉が控えめに叩かれた。
「……あの」
振り返った瞬間、俺は一瞬だけ目を細めた。
そこに立っていたのは、昼間からやけに静かだった女子生徒――高町なのは。
「どうした。忘れ物か?」
そう言った俺の声に、なのはは一歩踏み出して、それから固まった。
じっと俺の顔を見つめて、信じられないものを見るみたいな目をする。
「……あ」
短い声。
次の瞬間、はっとしたように息を呑んだ。
「……公園の……」
ああ、なるほど。
やっと合点がいった。
なのはは慌てて首を振る。
「その……あの時の人が……先生、だったなんて……」
困惑と戸惑いが、そのまま表情に出ていた。
無理もない。あの時の俺は、教師面なんて一切してなかった。
「悪かったな。名乗らなかった」
俺は肩をすくめる。「別に、騙すつもりもなかったんだが」
「い、いえ……!」
なのはは慌てて否定する。「ただ……びっくりして……」
しばらく、気まずい沈黙が落ちる。
その間、なのはは何か言いたそうにして、でも言葉を探している様子だった。
俺は机に腰掛けて、視線を合わせる。
「用があって来たんだろ。でなきゃ、わざわざ残らない」
その一言で、なのはは少しだけ肩の力を抜いた。
公園で見た時と同じだ。ちゃんと話を聞いてもらえるか、探っている。
「……あの時……話してくれて、ありがとうございました」
小さな声だったが、はっきりしていた。
「礼を言われるようなことはしてない」
そう返しながら、俺は思う。
この子は、放っておくと自分から壊れる。
だからこそ、ここに来た。
なのはが“先生”の俺を前にして、まだ逃げずに立っている――
それだけで、今日の役目は十分だった。
それと同時に気になるのは、どうもこの世界、何か他の世界と違うような気がする。