悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

3 / 149
教師初日

 校門の前は、相変わらず騒がしい。

 新品の制服に身を包んだガキどもと、落ち着きのない保護者。どの世界でも、入学式の空気は似たり寄ったりだ。

 

 そんな中を、俺は一人、だらりと歩く。

 制服? 着るわけがない。

 この世界が俺に用意した役割が教師だとしても、だからといって“らしく”振る舞う義理はない。

 

 案の定、視線が刺さる。

 ひそひそとした声も聞こえる。

 

(……観光客か、保護者か、それとも不審者か。好きに思え)

 

 欠伸を噛み殺しながら校舎へ向かうと、空気が少しずつざわついていくのが分かる。教師連中まで混じってるのは、正直笑えない。

 

 体育館に集められた新入生たちを、壇上の端から眺める。

 緊張、期待、不安。

 その中に、無理に背筋を伸ばしてる奴もいる。そういうのは、だいたい後で壊れる。

 

 校長の長い話が終わり、担任紹介に入ったところで、俺の番が来た。

 

「一年〇組担任、門矢ツカサ先生です」

 

 ……ああ、来たな。

 一歩前に出るだけで、空気が変わる。

 

「は?」

「え、先生?」

 

 予想通りの反応だ。

 俺はマイクにも触れず、適当に手を挙げる。

 

「どうも。眠そうな顔してるけど、起きてる。たぶん」

 

 教師連中の空気が一気に冷えるのを感じる。

 構わない。どうせ仲良くする気はない。

 

 ガキどもを一通り見渡してから、最低限だけ言っておく。

 

「先に言っとく。先生は優しくないし、期待にも応えない。立派な人間にする気もねぇ」

 

 一瞬、体育館が静まり返る。

 そのまま続けた。

 

「……でも、壊れそうな奴は見捨てない。それだけだ」

 

 言うことは言った。

 俺は壇上を降りる。

 

(教師、か)

 

 相澤先生みたいに器用にはやれねぇし、他の先生のように出来るとは思えない。

 だが、この世界がそれを求めるなら――

 俺は、俺のやり方でやるだけだ。

 放課後の教室は、昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。

 机の上に残った教科書の匂いと、まだ新しい床の軋む音。こういう時間は嫌いじゃない。ガキどもの本音が、少しだけ顔を出す。

 

 黒板を消し終えたところで、教室の扉が控えめに叩かれた。

 

「……あの」

 

 振り返った瞬間、俺は一瞬だけ目を細めた。

 そこに立っていたのは、昼間からやけに静かだった女子生徒――高町なのは。

 

「どうした。忘れ物か?」

 

 そう言った俺の声に、なのはは一歩踏み出して、それから固まった。

 じっと俺の顔を見つめて、信じられないものを見るみたいな目をする。

 

「……あ」

 

 短い声。

 次の瞬間、はっとしたように息を呑んだ。

 

「……公園の……」

 

 ああ、なるほど。

 やっと合点がいった。

 なのはは慌てて首を振る。

「その……あの時の人が……先生、だったなんて……」

 

 困惑と戸惑いが、そのまま表情に出ていた。

 無理もない。あの時の俺は、教師面なんて一切してなかった。

 

「悪かったな。名乗らなかった」

 俺は肩をすくめる。「別に、騙すつもりもなかったんだが」

 

「い、いえ……!」

 なのはは慌てて否定する。「ただ……びっくりして……」

 

 しばらく、気まずい沈黙が落ちる。

 その間、なのはは何か言いたそうにして、でも言葉を探している様子だった。

 

 俺は机に腰掛けて、視線を合わせる。

「用があって来たんだろ。でなきゃ、わざわざ残らない」

 

 その一言で、なのはは少しだけ肩の力を抜いた。

 公園で見た時と同じだ。ちゃんと話を聞いてもらえるか、探っている。

 

「……あの時……話してくれて、ありがとうございました」

 

 小さな声だったが、はっきりしていた。

 

「礼を言われるようなことはしてない」

 そう返しながら、俺は思う。

 この子は、放っておくと自分から壊れる。

 だからこそ、ここに来た。

 

 なのはが“先生”の俺を前にして、まだ逃げずに立っている――

 それだけで、今日の役目は十分だった。

 それと同時に気になるのは、どうもこの世界、何か他の世界と違うような気がする。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。