デルタが拳を握り直した。指先に橙色の光が灯る。紅蓮の炎が掌の上で小さく揺れ、すぐに消える。だが灯った。確かに灯った。
「戻った」
デルタはもう一度握り直し、今度は拳を開いた。五本の指が動く。魔力が指先まで通っている。尻尾がゆっくりと揺れ始める。止まっていた時から比べると緩やかだが、動いている。
ゼータは手を開いて閉じる。指先に微弱な光が走る。猫の耳が一度だけ動き、周囲の音を拾い直している。魔力が耳の感覚に戻ったのだろう。足音を立てずに一歩動く。隠密の体勢が取れる。
イータは端末を操作していたが、手を止めて自分の掌を見た。指を動かす。速い。さっきまで止まっていた指が、元の速度で画面を叩いている。
「解析も戻った。魔力回路、正常」
淡々とした報告だ。だがその声の端に、ほんのわずかな安堵が混じっている。
俺は三人の負傷を確認した。デルタの肩。ゼータの腰。イータの手首。いずれも浅い。戦闘中に動けなかった分、肉体的な損傷は少ない。だが魔力が止まっていた時間の疲労は出ているだろう。
変身を解く。ドガバキフォームの重い装甲が消え、キバの赤い姿が薄れ、ディケイドの黒と赤に戻る。それも消す。ジャケットに戻った途端、肩の痛みが鮮明に戻ってきた。アドレナリンが引いた分、身体が正直になる。
足元にはハーメルケインの破片が散っている。砕けた刃。断たれた生体組織の残骸。金属と肉が混ざり合った破片が、路面の上で冷えていく。
「イータ」
「ん」
「剣を壊した時点では、魔力は戻らなかったよな」
イータは一瞬だけ手を止めた。端末の画面を見る。戦闘中の記録を再生しているのだろう。
「……そうだね。剣を破壊した時点では、私たちの魔力はまだ止まったままだった。戻ったのは核が砕けた後」
「つまり、阻害能力は剣だけにあったわけじゃない」
「剣だけじゃない。核にも関係していた可能性が高い。剣を媒介して核が範囲を維持していたか、核そのものが阻害の源だったか。残骸だけじゃ断定できないけど」
イータは端末を閉じずに、画面の上で何かを整理している。
「でも、少なくとも剣の破壊だけで解除されなかったということは、阻害の本体は核にあった。剣は触媒か、範囲を広げるためのアンテナみたいな役割だったんだと思う」
デルタが拳をもう一度握った。今度は光を消さない。掌の上で炎が小さく燃え続けている。
「次に現れても、ツカサがいれば倒せるんでしょ」
「倒せる」
俺は答えた。だが続ける。
「俺が別の場所にいたらどうする」
デルタの炎が揺れた。言葉を返そうとして、止まる。
ゼータが口を開いた。
「阻害を受けた状態で別の原種にも襲われた場合、撤退さえ難しくなる」
静かな声だ。だが内容は重い。
「あたしたちが動けなかった間に、もう一体現れていたら。魔法も使えず、逃げるにも魔力が足りない状態で。あの笛の音が鳴り続けている間に、別の方向から攻撃されたら」
デルタの炎が消えた。握り直して点ける。だが今度は揺れている。
「……あたしたち、あの間何もできなかったんだ」
「ああ」
「ツカサがいなかったら、あのまま」
「ああ」
短く返した。それ以上は要らない。事実は事実だ。俺がいなかったら、三人はあのまま動けないまま、原種の前に立ち尽くしていた。
「今回は一体だった。だが次も一体とは限らない」
俺は路面に視線を落とした。ハーメルケインの破片。砕けた核の欠片。散らばった生体組織。
「阻害役の原種と、直接攻撃する原種が同時に現れたら。お前たちの魔力を封じてから、もう一体が襲いに来たら」
沈黙が落ちた。
デルタが尻尾を止める。ゼータが耳を動かさない。イータが端末を持つ手を止める。
「イータ。今回の能力が別の個体にも現れる可能性はあるか」
イータは少し考えてから答えた。
「残骸を調べれば、組織の構造は分かる。同じ能力を別の個体に組み込めるかどうかは……残骸だけじゃ判断できない。でも、メガヘクス型もドラス型もゴルトフェニックス型も、別々の個体で別々の能力を再現していた。それを踏まえれば、グレムリンの阻害能力も別の個体に載せられる可能性はある」
「次も、グレムリンの姿で現れるとは限らないぞ」
三人の視線が集まった。
「ゴルトフェニックス型は鳥型だったはずの姿を人型へ作り替えていた。今回のグレムリンは剣を媒介にしていたが核が阻害の本体だった。原種が能力を別の身体へ組み込めるなら、外見だけで警戒したら見落とす」
ゼータが頷いた。
「姿で判断できないってことか」
「ああ。緑色の身体に笛を持った原種が来るとは限らない。別の姿で同じ能力を持った個体が現れるかもしれない」
イータが端末を操作し始めた。
「財団Xの関与はもう判明してるよね。今回の阻害能力も、あの組織が調整した可能性はあるけど」
「ある。だが原種自身の変化かもしれない。財団Xが関与していたとして、今回の阻害能力まであの組織が指示したとは断定できない」
俺は言い直した。確定していないことを確定のように話せば、次に来る敵を見誤る。
「ゼータ」
「何」
「今回の戦闘記録を整理してくれ。魔力が途切れた時点と、解除された時点を確認する。あの笛の音が聞こえ始めてから、核が砕けるまでの時間も」
「分かった。今整理する」
ゼータは端末を開き、戦闘記録の再生を始めた。猫の目が画面上のタイムスタンプを追う。
「イータ」
「ん」
「残骸を調べてくれ。剣と核を繋いでいた組織を重点的に。阻害の仕組みが分かれば、対策も立てられる」
「了解。剣の破片と核の残骸、それに接続組織のサンプル。優先して確認する」
イータは端末をしまうと、バッグから別の器具を取り出した。採取用の道具だ。残骸へ手を伸ばす。
「触るなとは言わないが、核に近づきすぎるな」
「分かってる。まずは端末で反応を scan してから」
イータは慎重に残骸の周囲を端末でなぞった。反応がないことを確認してから、手袋をはめて破片を拾い始める。
俺は路面に視線を落とした。
ハーメルケインの破片。砕けた刃が、街灯の光を反射している。冷えた金属の表面に、原種の組織がこびりついたまま固まっている。
倒した個体は動かない。再生も始まっていない。核は砕け、目玉は光を失い、組織は灰に近い残骸となって路面に散っている。
だが、この力を別の原種が持つ可能性は残る。
笛の音で魔力を封じる能力。剣を媒介にし核で維持する仕組み。それを別の姿の原種が持っていたら。ゴルトフェニックス型のような人型への変化と組み合わされたら。外見からは判断できない。緑色の身体で現れるとは限らない。
「なのはたちにも伝えておく」
俺は言った。
「魔力阻害を持つ原種が確認されたこと。再出現の可能性があること。可能性として伝える」
「そうだね。確定じゃないけど、知っておくべき事実だ」
イータが破片を袋に収めながら頷いた。
「それと」
俺は三人を見た。
「魔力に頼らない連絡手段と退避方法も用意しておく。次に阻害を受けた時、連絡一つ取れない状態は避ける」
ゼータが顔を上げた。
「物理的な手段ってこと」
「ああ。端末の有線通信でも、合図でもいい。魔力が通じない時でも動ける手段を、各自持っておけ」
デルタが拳を握った。今度は光を点けない。拳そのものを見ている。
「……分かった。次は、あたし一人でも動けるようにする」
「頼む」
俺は視線を足元に戻した。
剣の破片。冷えた刃。砕けた組織。
倒した個体は動かない。だが同じ力を別の原種が持つ可能性は、この破片と共に残る。
残骸と戦闘記録を持ち帰る。魔力阻害への対策を、次の課題とする。
夜の通りは静かだ。遠くで警報が鳴り、また消えた。この世界の日常は、今日も続いている。