機体の修理が終わるまでの間、俺たちは支部の一室に集められた。
会議というほど固いものではない。なのはが端末をテーブルの中央に置き、フェイトが隣で座標を確認している。シイナは壁際の椅子に腰を下ろし、シグナムは窓のそばに立ったままだ。ゼータとイータは後方で戦闘記録の整理を続けている。デルタはというと、ソファの端で丸くなって尻尾を揺らしていた。
「それで」
なのはが口を開いた。
「グレムリン型の原種。魔力を封じる能力があったんですよね」
「ああ」
俺は頷く。
「笛の音でデルタ、ゼータ、イータの三人の魔力を止めた。剣を破壊しても解除されず、核を砕いてようやく戻った」
「剣と核、両方に関係していた可能性が高い」
イータが後ろから補足する。端末を操作する手は止まらない。
「剣は触媒。核が本体。剣を壊しただけでは阻害範囲は消えなかった」
フェイトが眉をひそめた。
「つまり、魔力を使う相手には致命的ってことね」
「そうだ。動けなくなる。逃げることもできない」
なのはが腕を組んだ。視線はテーブルの上、何もない空間に向いている。考えている顔だ。
「なのはさんたちも、もしあの場にいたら」
シイナが口を挟んだ。壁際から、静かな声で。
「動けなかったかもしんないね」
「可能性はある。だが、今回の阻害がどれほどの範囲かはまだ分からない。イータが調べている」
俺はイータを見た。イータは端末を掲げて答える。
「剣と核の残骸から組織を採取した。今解析中。阻害の範囲、発動条件、再現性。分かったことは随時共有する」
「頼む」
なのはが頷く。
シグナムが窓から離れた。騎士服の裾が静かに揺れる。彼女はテーブルの前に立ち、腕を組んだ。
「一つ、確認したい」
「なんだ」
「久瀬シイナの力は、魔力ではないな」
俺はシイナを見た。シイナは少しだけ目を瞬かせ、それから頷いた。
「あたしの紅蓮は魔力じゃないよ。体内のエネルギーを燃やしてるだけ。生命吸収も超再生も、魔力とは関係ない」
「ならば、今回の阻害を受けなかった」
シグナムの声は平坦だったが、その中に確かな意味が込められていた。
俺は気づいた。
そうか。
あの時、デルタたち三人は動けなくなった。だがシイナは別の場所にいた。もしシイナがあの場にいたら、彼女の力は止まらなかったのではないか。
「シイナ」
「ん」
「あの場にいたら、動けたか」
シイナは少し考えた。手のひらを開いて閉じる。紅蓮の火が指先で小さく揺れる。
「たぶんね。あたしの力は魔力じゃないから。笛の音が聞こえても、あたしの紅蓮は消えなかったと思う」
「だが」
シグナムが口を挟んだ。シイナを見る目が、わずかに鋭くなる。
「魔力が封じられた状態で、近接戦闘を行えるか」
シイナは答えなかった。言葉ではなく、身体で考える時間が必要だったのだろう。
「お前の力は魔力に頼らない。だが、戦い方はどうだ。紅蓮を使い生命吸収で敵の力を奪い、超再生で傷を癒す。それらが封じられた時、素手で戦えるか」
シイナは腕を組んだ。しばらく黙って、それから口を開く。
「あんまり自信ないかも。銃は使えるけど、それって遠距離でしょ。近づかれたら——」
「近づかれたら、どうする」
シグナムの問いは容赦がなかった。答えを待っている。
シイナは視線を床に落とした。数秒。顔を上げる。
「殴る。蹴る。それくらい」
「それくらい、で足りると思うか」
「思わない」
正直な答えだった。シグナムは頷いた。満足したのかどうかは分からない。だが、次の言葉は決まっていた。
「訓練するぞ」
「え」
「お前の力が封じられた時、素手で戦えるようにする。紅蓮も生命吸収も超再生も使えない状況を想定して、近接戦闘を叩き込む」
シイナが俺を見た。助けを求める目だ。だが俺は首を振った。
「いい機会だ」
「ツカサさんまで」
「お前の力は魔力に頼らない。それは強みだ。だが、その強みだけに頼っていれば封じられた時に終わる。シグナムの言う通りだ」
シイナはため息をついた。諦めの色がある。だが、その目の奥に小さな光がある。戦う意志だ。
「分かったよ。やる」
「明日の朝から。支部の訓練場を使う」
シグナムはそれだけ言って窓のそばへ戻った。騎士服の背中が、静かに揺れている。
なのはが小さく笑った。
「シイナちゃん、頑張ってね」
「笑いごとじゃないよ。シグナムさんの訓練、きついって聞いてる」
「でも、強くなれるよ」
なのはの言葉に、シイナは何も返さなかった。だが、その顔はもう諦めだけではなかった。
フェイトが端末を閉じた。
「魔力阻害への対策。それとシイナちゃんの近接戦闘訓練。並行して進めるわ」
「ああ」
俺は席を立った。
窓の外は異国の街。警報機と防護シャッターと、壁に刻まれた爪痕。それでも人々は暮らしている。
この世界は、まだ終わっていない。
窓ガラスに映った自分の顔を見る。包帯の跡。煤の残るジャケット。だが、目はまだ動けると言っている。
シイナの訓練が始まるのは明日だ。俺は部屋を出て、装備の確認に向かう。
廊下の向こうで、ゼータが端末を抱えて歩いてくる。すれ違いざまに声をかけてきた。
「記録の整理、終わった」
「早いな」
「猫だから」
それだけ言ってゼータは去っていった。猫だから。理由になっていないが、ゼータらしい答えだった。
俺は少しだけ口元が緩むのを感じた。誰も見ていないから、それでいい。