灰が舞っていた。
風が吹くたびに床に積もった灰が薄く流れる。銀色の核の欠片はもう見えない。光を失い、ただの粉になって散った。グリラスワーム型原種の面影はどこにもない。外殻の破片が数枚、床に転がっているだけだ。
俺は変身を解いた。カブトの装甲が消え、ジャケットに戻る。クロックアップの反動で体が少し重い。筋肉が熱を持っている。使いすぎた証拠だ。
救護所のドアが開いた。
シャマルが顔を出した。その後ろに、負傷者の姿が見える。立っている者、座り込んでいる者何人かはまだベッドの上だ。だが全員、生きている。
「終わったのね」
シャマルの声は静かだった。確認するような響き。
「ああ。核を壊した。再生はしない」
「そう。よかった」
シャマルはドアを大きく開け、中へ戻るよう促した。俺は足元の灰を一度見てから、救護所へ入った。
中はまだ緊張が残っていた。負傷者たちの顔に恐怖の色がある。無理もない。自分たちが運ばれた先に、擬態した怪物が紛れ込んでいたのだ。誰も信じられなくなるだろう。
「みんな、大丈夫よ」
シャマルが声をかける。治療魔法の光が指先に灯り、一人ずつ傷を確認していく。その手つきに迷いはない。さっきまで怪物と向き合っていたとは思えないほど、落ち着いている。
俺は入口のそばに立って、シャマルの仕事を眺めた。邪魔はしない。今、必要なのは俺ではなくシャマルの手だ。
「ツカサくん」
シャマルが一人の処置を終えて、こちらへ歩いてきた。
「外の様子は」
「原種は消滅した。残骸だけだ」
「擬態していたのよね」
「ああ。人間の姿を模していた。搬送された負傷者に成りすまして、この救護所に紛れ込んでいた」
シャマルは腕を組んだ。眉がわずかに寄る。
「診察していて、違和感はあったのよ。痛みを訴える場所と身体の反応がずれていた。傷を処置した直後に、離れた皮膚の下で何かが動いた。治療魔法への反応も、他の負傷者と違った」
「それで気づいた」
「断定はできなかった。でも、あなたに来てもらって正解だったわ」
シャマルは振り返り、負傷者たちを見た。
「みんな、これからどうするの」
「支部へ連絡する。追加の医療班と、護衛を送ってもらう。救護所を移すべきだ」
「そうね。ここはもう安全とは言えない」
シャマルは頷いた。だがその目は、まだ何かを考えている。
「擬態能力について」
俺は口を開いた。
「あの原種は、人間の姿を模していた。衣服も傷も再現していた。だが、記憶の再現は不完全だった。搬送された場所を間違えて答えた。あれが違和感の始まりだった」
「記憶までは完全に模倣できないのね」
「そうだ。だが、擬態能力そのものは厄介だ。人間に擬態する侵略種がいるなら、原種もそれを取り込める可能性がある」
シャマルは少し黙った。
「ワームね」
「ああ。カブトの世界に現れたワームは、人間に擬態する能力を持っていた。グリラスワームはその一種だ。原種がワームの能力を取り込んだなら、他のワーム型原種も出てくるかもしれない」
俺は救護所の外へ目を向けた。灰がまだ風に舞っている。
「これまでの個体を見ると、原種は怪人の能力を取り込んでいる。メガヘクス型は装甲を着せられていただけだったが、ドラス型は再生能力を取り込み、ゴルトフェニックス型は飛行と瞬間移動と風炎操作を再現し、グレムリン型は魔力阻害を再現した。そして今回、グリラスワーム型は擬態能力を持っていた」
「どんどん厄介になってるわね」
「ああ。だが、一つ分かったことがある」
シャマルが俺を見た。
「原種が怪人の能力を取り込むには、時間がかかる。メガヘクス型が見つかった時点では、まだ卵の段階だった可能性がある。だが、今回は違った」
「卵?」
「原種は卵を産む。そして孵化した原種が怪人の能力を取り込む。今回、俺たちは孵化する前に倒せた。だから、これ以上被害が出なかった」
シャマルは目を細めた。
「つまり、次は」
「孵化する前に見つけて倒す。それができれば、被害は最小限で済む」
「でも、今回のように救護所に紛れ込まれたら」
「だから、擬態能力を持つ個体には警戒が必要だ。人間の姿をしていても、記憶や反応に違和感があれば疑う。シャマル、お前の診察のおかげで見つけられた。これからも同じように頼む」
シャマルは小さく笑った。
「ええ。任せて」
俺は救護所の外へ出た。灰がまだ舞っている。風がそれを運び、街の外へ流していく。
原種は怪人の能力を取り込んでいる。これからも、別の怪人の能力を持った原種が現れるだろう。ワームの擬態能力を持った個体が、人間の姿で街に紛れ込むかもしれない。
だが、今回は孵化する前に倒せた。
次も、同じように倒す。
怪人の遺伝子を取り込んだ原種を、これ以上増やさないために。
俺はライドブッカーを腰に戻し、支部へ連絡を入れた。
「こちらツカサ。原種一体を撃破。救護所の安全を確保した。追加の医療班と護衛を頼む」
無線の向こうから応答が返る。俺はそれを受けて、もう一度灰を見た。
灰はもう、風に消えかけていた。