超感覚が世界を変えた。
音が消えたのではない。音が見える。風の流れが線として浮かび空気の密度が色として眼に映る。四百メートル先の敵の輪郭が目の前にあるかのように鮮明だ。サジタリウス型原種の左肩に並ぶ目玉。一本一本の瞳孔が動く方向。弓を構える左手の筋肉の収縮。弦を引く指の関節の角度。全てが見える。
だが、同時に体の奥で何かが引き始めた。
三十秒。
ペガサスフォームの制限時間だ。超感覚特化の代償として体への負荷は大きい。ライジング化で出力は上がったが、持続時間は変わらない。むしろ強化された分、消費は速い。
三十秒で決める。それ以上は体が持たない。
世界が止まって見える。超感覚が時間の流れを引き伸ばす。空中を飛ぶ瓦礫が止まったように見える。守備隊の兵士が走る姿がスローモーションで見える。風に舞う灰の粒一つ一つまでが目に映る。
だが、止まっているのは見えているものだけだ。時間は止まっていない。俺の感覚だけが加速している。三十秒という制限は確実に減り始めている。
ライジングペガサスボウガンを構える。
弦を引く。金色の電気が弦から腕へ流れる。雷の矢が形成される。光と電気の混ざった矢が弦の上で脈動する。
狙いは定まった。四百メートル先。北東の崩れたビル。屋上。サジタリウス型原種の胸。
その時、敵が動いた。
超感覚の中で敵の動きが鮮明に見える。サジタリウス型原種が弓を構え直した。左手の弓。右肩の目玉が一斉に俺を向く。弦を引く。矢が形成される。金色の光。俺の矢と同じ色だ。いや違う。あちらは原種の生体光だ。だが速さは変わらない。
互いに引き金を引く。
俺の指が弦を放した。
金色の雷が弦から飛び出す。空気を裂く音が遅れて届く。矢が四百メートルの距離を一瞬で抜ける。超感覚の中でも矢の速度は速い。雷だからだ。
同時に、敵の矢が放たれた。
二本の矢が空中で交差する。交差点で光が弾けた。俺の雷の矢と敵の光の矢が空中でぶつかり合った。だが貫いた。俺の矢が敵の矢を砕き、その向こう側へ抜けた。敵の矢も砕けながら俺の右肩を掠めた。装甲が裂ける音が遅れて届く。だが当たっていない。
俺の背後で壁が爆発した。
砕けた敵の矢の破片が俺の頭上を越え、防衛線の背後の壁を砕いた。爆音が遅れて響く。瓦礫が降る。だが、誰もいない場所だ。避難は終わっている。背後の壁が砕けても、防衛線には届かない。
四百メートル先。
サジタリウス型原種の胸に金色の矢が突き刺さっていた。雷の矢が敵の外殻を貫き内部の組織を焼き抜く。電気が体の中を走る。敵の全身の目玉が一斉に開いた。
そして、胸の中央に光が現れた。
クウガのマーク。金色の紋章が敵の胸に浮かび上がる。ライジングペガサスの力が敵の核を捉えた証だ。雷の矢が核を貫き電気が全身へ走る。
サジタリウス型原種が吠えた。外殻が震える音。だが声は出ない。代わりに体が光り始めた。胸のマークから光が溢れ全身へ広がる。外殻が内側から砕け始めた。
爆散。
光が弾けサジタリウス型原種の輪郭が消えた。外殻の破片が空中で砕け黒い組織が灰になって散る。目玉が一つずつ光を失い砕けていく。弓が折れ弦が切れ残った矢が空中で燃え尽きる。
四百メートル先の屋上に何も残らなかった。
俺は弓を下ろした。ライジングペガサスボウガンの電気が消える。弦の光が薄れただの弓に戻る。
超感覚が薄れ始めた。世界の速度が戻る。音が正常に聞こえ始める。瓦礫の落下音。守備隊の声。風の音。
制限時間はまだ残っていた。だが、もう必要ない。
「…やったか」
ザフィーラの声が隣から届いた。俺は頷いた。
「ああ。本体を撃った。矢は消える」
言い終わると同時に空を見上げた。北東の空に矢の光はもうない。降り注ぐ光の矢が止まった。防衛線の上空が静かになった。
「避難は」
「完了だ」
ザフィーラが短く答える。住民は全員、避難経路を通って安全圏へ移動した。デルタとゼータが最後の住民を確認している声が遠くから聞こえる。
「ツカサ」
イータの声が交差点から届いた。
「矢の残骸、全部止まった。目玉も動いてない。生体反応なし」
「分かった」
俺は変身を解き、ゆっくりと倒れる。