悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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原種の疑問

目が覚めた時、天井が白かった。

 

消毒の匂い。柔らかい枕。安静にしろと言われた記憶はある。だが言われたのは誰だったか。シャマルか。はやてか。それともゼータか。

 

体が動かない。

 

動かそうとしたのではない。動かなかった。指一本、動かそうとするだけで肩から腕にかけて鈍い痛みが走る。電気が抜けた後のような痺れと、筋肉が燃えた後のような熱さが混ざっている。

 

ライジングペガサスの反動だ。

 

超感覚特化のフォームを限界まで使った代償。制限時間三十秒を最後まで使い切った。体は無事だが神経系が過労を起こしている。シャマルの診察では二、三日で動けるようになると言われた。だが今は動けない。

 

天井の白さだけが目に入る。

 

窓の外は夜だ。だが時間は分からない。戦闘が終わったのが昼前だったはずだ。それから何時間が経ったのか。

 

俺は目を閉じた。

 

考えるのは次だ。

 

サジタリウス型原種を倒した。矢を分裂させる能力は失われた。だが、これで終わりではない。

 

メガヘクス型。ドラス型。ゴルトフェニックス型。グレムリン型。グリラスワーム型。サジタリウス型。六体の原種を倒してきた。それぞれが別の怪人の能力を取り込んでいた。

 

財団Xの関与は確定している。だが実験の主導者はまだ分からない。原種自身の変化なのか、外部からの改造なのか。六体の個体からだけでは断定できない。

 

次に来るのは何だ。

 

分からない。だが来る。財団Xが関与している以上、次の個体が作られる可能性は高い。そして次はもっと厄介な能力を持っているかもしれない。

 

俺は天井を見つめたまま、指を動かそうとした。

 

右手の指が、わずかに動いた。動いたが、それだけだ。握ることはできない。ライドブッカーを持つことはできない。カードを装填することもできない。

 

この状態で次の原種が来たら。

 

考えないことにした。考えるだけ無駄だ。動けない時に何が来ても同じだ。今は休むことしかできない。

 

目を閉じる。

 

静かだ。医療室の空調が低く唸っている音だけが聞こえる。誰の声もしない。デルタもゼータもイータもいない。別の場所で休んでいるか、あるいは報告のために動いているか。

 

少し眠ったかもしれない。

 

目が覚めた時、天井は変わっていなかった。同じ白さ。同じ消毒の匂い。だが体の感覚が少し変わっていた。肩の痛みが少し薄くなっている。指が動く範囲が少し広がっている。

 

回復している。ゆっくりだが確かに。

 

俺はもう一度目を閉じた。

 

次の原種。次の怪人の能力。次の戦い。

 

何が来ても、倒す。それだけだ。俺は通りすがりの仮面ライダーだ。通りがかる世界を、通りがかる敵を、その都度倒していく。それが俺のやり方だ。

 

だが、通りがかる前に動けなくなったら。

 

考えないことにした。

 

ドアが開く音がした。

 

静かに開く音ではない。勢いよく開く音。滑りが悪いのか、それとも開けた人間の力が強すぎるのか。

 

「ボス!」

 

声が飛び込んできた。

 

デルタだ。

 

犬科の獣耳が立ち上がり尻尾が揺れている。だがその揺れ方は嬉しそうではない。焦っている。

 

「ボス、起きてる!?」

 

「起きてる。静かにしろ」

 

「静かにしてる」

 

全然静かにしていない。デルタの声は医療室の壁に反響している。

 

「何があった」

 

「次が来た」

 

俺は天井を見た。白い天井。動けない体。次の原種が来た。

 

「何だ」

 

「分からない。でも出てる。ゼータが感知した」

 

俺は体を起こそうとした。肩が痛む。腕が動かない。だが——

 

「ボス、まだ動いちゃダメだって。シャマルさんが」

 

「分かってる」

 

動けない。分かっている。頭は動いているが体がついてこない。

 

「状況は」

 

「分からない。ゼータが呼んでる。でもボスは——」

 

「デルタ」

 

俺は遮った。

 

「お前が行け。俺は動けない」

 

「でも」

 

「いいから行け。ゼータとイータを頼む。俺はここで待つ」

 

デルタは唇を噛んだ。尻尾が止まる。だが、頷いた。

 

「分かった。あたしが行く。ボスは休んでて」

 

「ああ」

 

デルタが踵を返す。ドアへ向かう。だが、一歩目で振り返った。

 

「ボス」

 

「なんだ」

 

「あたしが倒すから。待ってて」

 

「ああ」

 

デルタは頷いて、ドアを出ていった。

 

静かになった。また医療室の空調音だけが残る。

 

俺は天井を見た。

 

動けない。体が動かない。次の原種が出ているのに、俺はここで寝ているしかない。

 

腹が立つ。だが今はそれを飲み込むしかない。

 

デルタが行った。ゼータが感知している。イータが解析している。三人で対応してくれる。信じるしかない。

 

目を閉じた。

 

少し、眠ったかもしれない。

 

次に目が覚めた時、ドアが開いていた。

 

デルタが立っていた。

 

「ボス」

 

「戻ったか。状況は」

 

「終わった。ゼータとイータがやった。あたしは囮だった」

 

「怪我は」

 

「ない。ちょっと掠っただけ」

 

「そうか」

 

俺は息を吐いた。

 

「ボス、あのね」

 

「なんだ」

 

デルタが近づいてきた。ベッドのそばに立つ。尻尾が揺れている。だがその揺れ方がおかしい。興奮しているのではない。何か別の感情だ。

 

「あたしね、ボスが動けなくても大丈夫だったんだよ」

 

「ああ。知ってる」

 

「違うの。あたしが大丈夫だったんじゃなくて、あたしがいればボスは大丈夫だって、思ったの」

 

俺はデルタを見た。

 

「あたしがボスを守れるって、思ったの。初めて、そう思った」

 

デルタの目が光っていた。犬科の瞳が濡れている。

 

「ボスがいつもあたしを守ってくれるの、分かってる。でもあたしも、ボスを守れるんだって——」

 

デルタの声が震えた。尻尾が止まる。

 

俺は何も言えなかった。体が動かないからではない。喉が詰まったからだ。

 

「だから、あたし、ボスのそばにいるね。ボスが動けるようになるまで、あたしが守るから」

 

デルタが俺の手を握った。

 

俺の手は動かなかった。だが、デルタの掌の温かさは感じた。

 

「…ああ」

 

短く答えた。それしか言えなかった。

 

デルタは笑った。尻尾がまた揺れ始める。

 

「じゃあ、ボス。休んでてね。あたしがそばにいるから」

 

デルタがベッドの端に座った。

 

俺は目を閉じた。

 

デルタの体温が隣に感じられる。安心した。その安堵が、俺の意識を急に引き下ろした。

 

体が重くなる。眠気が来る。戦闘の疲労が一気に戻ってくる。

 

デルタの声が遠くなる。

 

「ボス? ねえ、ボス」

 

聞こえている。だが答えられない。

 

意識が沈む。

 

最後に感じたのは、デルタの掌の温かさと、尻尾が揺れる音だけだった。

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