「ヴィータはどうしている」
俺は訊いた。ザフィーラが視線を正面に戻したまま答える。
「遠方の第4区画で住民の保護と原種の迎撃を続けている。通信は繋がるが、状況は良くない」
「状況は」
「敵を退けても避難拠点への襲撃が続いている。ヴィータは迎撃に手を取られ、救助に人を回せていない」
俺は端末を取り出した。第4区画の位置を確認する。現在の防衛線から北東へ約三キロ。車で十分弱だが、道路の状態次第ではどうなるか分からない。
「繋いでくれ」
「ああ」
ザフィーラが短く答え、通信回線を開く。
『——こちらヴィータ。聞こえるか』
「聞こえる。ツカサだ」
『……来たのか。シグナムから聞いてる。そっちは一段落ついたのか』
「ああ。防衛線は確保した。そっちは」
通信の向こうで爆発音が届いた。遅れてヴィータの息が漏れる。
『敵は退けた。だが、避難拠点への襲撃が止まない。退けても退けても来る。間が空かない』
『住民は』
『半数は移送した。残りがまだ建物に残ってる。だがあたしが迎撃に回ってる間は、搬出が止まる。誰かが敵を引きつけてないと、避難そのものができねぇ』
声は落ち着いていた。だがその奥に擦り切れた響きがある。長時間、一人で防衛と迎撃を両立させている負担だ。
「負傷者は」
『軽傷が三名。重傷はまだ出てない。だがこのままじゃ時間の問題だ。避難経路が塞がれかけてる。あたしが片側を守ってる間に、反対側から来られると抜かれる』
「分かった。そっちへ向かう。合流地点を教えてくれ」
『第4区画の東端。商業棟の駐車場を使ってる。そこなら遮蔽が高い。ただし近づく途中の幹線道路が一部損傷してる。車なら迂回が必要だ』
「分かった。迂回ルートを送ってくれ」
『送る。……頼む』
最後の二言葉が、通信のノイズに紛れて消えた。
俺は端末を閉じ、デルタ、ゼータ、イータを見た。三人ともすでに聞いていた。デルタが腰の装備を確認し直している。ゼータは端末に目を落とし、迂回ルートの受信を待っている。イータは分析装置をバッグに収め、代わりに別の端末を取り出した。
「第4区画へ向かう。ヴィータとの合流地点は東端の駐車場。迂回ルートが来次第出る」
「分かった」
デルタが短く答える。ゼータは頷くだけ。イータは「準備できてる」と呟いて車のドアを開けた。
ザフィーラが防衛線の方へ目を戻した。
「ここは俺が維持する。行け」
「頼む」
俺は背を向け、車へ向かった。背後でザフィーラが瓦礫を踏む音が聞こえた。踏ん張る音だ。あの足跡は、俺が来る前からそこにあった。そして俺が去った後も、そこにあるだろう。
車に乗り込む。エンジンがかかる。デルタが助手席に座り、ゼータとイータが後部座席へ収まった。
「ルート来た」
ゼータが端末を掲げた。画面に迂回ルートが表示される。幹線道路を外れ、住宅街の細い道路を抜けるルートだ。距離は伸びるが、損傷を回避できる。
「行くぞ」
車が動き出した。
防衛線を背にして、第4区画へ向かう。窓の外で街の姿が変わる。瓦礫が増え、建物の被害が深くなる。砕けたガラスが路面に散らばり、タイヤがそれを噛む音が車内に響く。
デルタが窓の外を見つめている。尻尾が揺れていない。緊張している。だが声には出さない。
十分弱で到着した。
駐車場は半壊していた。天井の梁が一部落下し、支柱が二本折れている。だが遮蔽としては十分だ。周囲の建物が高い。上空からの攻撃を防げる。
ヴィータがいた。
グラーフアイゼンを肩に担いだまま、駐車場の入口に立っている。赤いジャケットに煤がこびりつき、袖の端が焦げている。だが背筋は伸びている。
「来たか」
「来た。状況を」
「敵は二方向から来てる。北と西。北はあたしが叩き止めたが、西がまだ動いてる。避難拠点はこの駐車場の地下。住民はまだ二十名ほど残ってる」
「敵の種類は」
「分からねぇ。姿を見せたのは一体だけだが、射撃が二方向から来てる。少なくとも二体はいる」
「分かった」
俺はライドブッカーに手をかけた。デルタが腰を落とし、ゼータが端末を構え、イータが分析装置を展開した。
「デルタ、ゼータ。避難拠点の住民の搬出を優先。イータは敵の位置と攻撃の間隔を把握しろ」
「ああ」
「了解」
「分かった」
三人が散っていく。ヴィータが俺を見た。
「あたしはどうする」
「一緒に来てくれ。西の敵がまだ動いてるなら、俺が叩く間の盾を頼みたい」
「……盾か。まぁ、悪くない」
ヴィータがグラーフアイゼンを下ろした。鉄槌が地面を叩く音が駐車場に響いた。
「行こうぜ」
二人で駐車場を出た。西の通りへ向かう。建物の陰を縫って進む。頭上で風が鳴る。矢の残滓か、それとも別の何かか。
「ツカサ。一つ聞いていいか」
「なんだ」
「あんた、何者だ。シグナムは信頼してるみたいだが、あたしはまだ見てない」
「……追うべき相手が同じだから来た。それだけだ」
「……ふん。まぁいい。背中は預ける」
俺は頷いた。言葉は要らない。背中を預けるという言葉が、ヴィータにとってどれだけ重いか。それは分かる。
西の通りが見えた。
その奥で、何かが動いた。