地下への階段は、地上よりも静かだった。
非常灯の緑色の光が、薄暗い通路を等間隔に照らしている。足音がコンクリートに反響し、ヴィータのグラーフアイゼンが階段の角を擦る金属音が時折混じる。二人の呼吸だけが、規則的に続いていた。
「この先だ」
ヴィータが短く言った。階段を下りきると、広い通路に出る。天井が高い。壁には避難誘導の標識。床には泥と煤の跡。ここを通って住民が地下へ逃げ込んだのだ。
通路の奥に、搬入口が見えた。重い防護扉が半開きになっている。その向こうに、避難施設の光が漏れている。
だが、扉の手前で何かが立っていた。
人型。だが人ではない。
黒い外殻。肩や胸の継ぎ目から、原種特有の目玉が覗いている。長い腕。無骨な拳。アークオルフェノク。ファイズの世界に現れた最強のオルフェノクを模した姿だ。
だが本物じゃない。中身は原種だ。これまでの個体と同じ。
「来たか」
ヴィータがグラーフアイゼンを構えた。
「避難民は奥にいる。ここを通さねぇ気だ」
「なら通す」
俺はライドブッカーに手をかけた。だがその前に、ヴィータが踏み出した。
「先に行かせろ。あたしが叩く」
「分かった。俺は後ろの住民の保護に回る」
「ああ」
ヴィータが駆け出した。グラーフアイゼンを振り上げる。アークオルフェノク型原種が腕を上げて構えた。金属音。拳と鉄槌がぶつかる音が通路に響いた。
だが、敵は動かなかった。
ヴィータの全力の一撃を受けても、一歩も後退していない。むしろヴィータの方が反動でわずかに後ろへ下がった。
「なっ——」
ヴィータが呻く。敵の足元を見た。足裏から根のような組織が伸び、床のコンクリートへ突き刺さっている。ただそれだけではない。背中からも同じ組織が伸び、壁と天井へ食い込んでいる。身体を地面と壁に固定しているのだ。
「踏ん張ってやがる」
ヴィータが歯を食いしばる。もう一撃。だが敵は動かない。鉄槌が拳を叩く音だけが響く。
その時、頭上で音がした。
天井から破片が落ちてくる。さっきの衝撃でひび割れたコンクリートが剥がれ落ちたのだ。大きい。俺の頭上から。だが俺は動けない。背後には住民がいる。避難させようとしている最中だ。
「伏せろ!」
俺が叫ぶ。だが声より早く、鉄槌が横から飛んできた。
ヴィータが振り返らずにグラーフアイゼンを投げた。鉄槌が空中で回転し、落下物を砕く。砕けたコンクリートの破片が散る。その間に俺はライドブッカーを抜き、ソードモードで敵の腕を切り払った。
金属音。敵の腕が弾かれる。だが敵は動かない。根が地面と壁に食い込んでいる限り、ここからは一歩も動かない。
「根を切る」
俺は剣を下ろし、敵の足元を見た。床に突き刺さった根状の組織。これを断てば踏ん張りが崩れる。
だが、敵もそれを分かっているのだろう。片腕を俺に向け、拳を振り下ろしてきた。
俺は横へ避ける。拳が床を砕く。衝撃で通路が揺れる。天井のひび割れが広がった。ヴィータがもう一つの破片を叩き落とす。
「下がれ! これ以上やると崩れるぞ!」
「分かってる。だが根を切るには近づく必要がある」
「じゃああたしが引きつける。あんたが根を切れ」
「了解」
短いやり取り。それで十分だ。
ヴィータが再び正面に回った。グラーフアイゼンを回収し、敵の胸へ叩きつける。敵が拳を上げて迎え撃つ。金属と金属がぶつかる音。だが敵は動かない。根が支えている限り、ここに留まる。
その隙に、俺は敵の横をすり抜けた。足元に回り込む。根状の組織が床に突き刺さっている。太い。だが剣で斬れる。
ライドブッカーを振り下ろした。根が断たれた。敵の体が揺れる。踏ん張りが崩れた。
「今だ!」
俺が叫ぶ。ヴィータが横から鉄槌を叩き込んだ。踏ん張りの失った敵が通路の奥へ弾かれる。外殻の継ぎ目が開き、内側の筋が収縮するのが見えた。
だが倒れない。壁に手をつき、体勢を立て直そうとしている。
まだ終わっていない。