通路が揺れた。
アークオルフェノク型原種が体勢を立て直した。壁に手をつき、踏ん張り直そうとしている。だがさっき切った根はまだ再生していない。隙はある。
「ツカサ! 来るぞ!」
ヴィータが叫んだ。
敵の右手が俺を向けた。指先。五本の指。その先に光が集まり始めた。
光の鞭。
アークオルフェノクの能力の一つだ。指先から伸びる光の鞭。鞭打ちで相手を叩き潰し、拘束し、引き裂く。
光が伸びた。
速い。避けた。通路の壁を鞭が裂く。コンクリートが砕け、破片が飛ぶ。
二撃目。横から来た。体を屈めてかわす。鞭が俺の頭上を通り過ぎ、背後の壁を叩きつける。音が響き、天井から粉塵が降る。
三撃目。上から。俺は通路の脇に飛び込んだ。柱の陰。鞭が柱を薙ぐ。柱の表面が削れ、ひび割れが走る。
「この距離じゃ、クロックアップも使えねぇな」
ヴィータが呟く。俺も同じ判断だった。
カブトのクロックアップは強力だ。だが、この狭い通路で使えば壁と柱が吹き飛ぶ。住民がいる。崩れかけた天井が落ちる。危険すぎる。
クロックアップ以外で、光の鞭に対応する手段を考える。ライドブッカーで弾くか。いや、鞭は柔らかい。弾いても軌道が変わるだけだ。完全には防げない。
避けるしかない。だがこのままではきりがない。敵は動かない。根を切ったとはいえ、まだ踏ん張りは残っている。鞭の射程内から逃げれば、ヴィータと住民が狙われる。
近づく必要がある。鞭の届かない距離まで。だが鞭の届く範囲を突破しないと近づけない。
なら、鞭の届かない距離から攻撃する。あるいは、鞭ごと叩き潰す。
俺はネオディケイドライバーへ手を伸ばした。
クロックアップは使えない。だが別の手がある。
カードを一枚取り出す。ピンクと白。ゲームのアイコン。エグゼイド。
「ツカサ、何をする気だ」
「手を変える」
カードを装填した。
『KAMEN RIDE EX-AID!』
エグゼイドの能力。ゲームの世界を展開する力。ゲームエリア。現実空間にゲームの舞台を作り出す。
「さて、ノーコンテニューでクリアしてやるぜ」
体が軽い。
エグゼイドの装甲はディケイドやカブトとは根本的に違う。重さの分布が偏っている。胸やゲーマドライバーが重心を下に引き、四肢の装甲は薄く、関節の可動域が広い。動くたびに体のどこかが滑るような感覚がある。
これがエグゼイドの身体だ。
アークオルフェノク型原種の指先が光った。鞭が来る。
来る前に動いた。
壁を蹴る。横へ。鞭が空を裂く音が背後で響く。コンクリートが砕ける音。だが当たっていない。
着地する間もなく、反対の壁を蹴る。通路の幅が狭い。だがそれがいい。両側の壁を蹴りながら前へ進む。エグゼイドの身体は元々、三次元的な動きを前提として作られている。床を走るだけでなく、壁を蹴り、天井を踏み、空中で方向を変える。
鞭が三本、同時に来た。指が三本動いたのだ。上、中、下。三方向を同時に薙ぐ。避ける場所がない。
いや、ある。
中段の鞭の軌道の下、上段の鞭の軌道の上。その狭い隙間を、体を水平にして滑り抜ける。エグゼイドのアクロバティックな身体制御がなければできない動きだ。床すれすれを滑りながら、鞭が髪の上を通り過ぎる風圧を感じる。
近づいた。
敵の目玉が一斉に俺を追った。だが遅い。エグゼイドの動きは予測が難しい。まっすぐ走らない。ジグザグに、壁から壁へ、床から天井へ。軌道が読めない。
ライドブッカーをガンモードで構える。
撃つ。
弾丸が敵の肩を掠める。外殻が火花を散らす。だが貫通はしない。硬い。だが、それはいい。当てるためじゃない。
敵の目玉が弾着へ向いた。一瞬。だがその一瞬で鞭の軌道が乱れた。
もう一発。今度は敵の左腕の付け根を狙う。外殻と生体組織の継ぎ目。弾丸がそこへ当たり、敵の腕がわずかに下がる。
鞭の軌道が下がった。
その隙に、俺はさらに近づいた。壁を蹴り、天井を踏み、敵の頭上を一回転する。鞭が俺のいた場所を空振りする。
「ヴィータ!」
叫びながら着地する。敵の正面。鞭の射程内。だが敵は俺を見ている。ヴィータの方を見ていない。
「今だ!」
ヴィータが動いた。グラーフアイゼンを振り上げ、敵の脇腹へ叩き込む。踏ん張りの根を切った側だ。支えがない。衝撃が外殻を伝い、継ぎ目が開く。
俺はライドブッカーをソードモードに切り替えた。開いた継ぎ目の中、黒い生体組織が覗いている。
そこへ突き込む。
刃が組織を裂く。湿った音。敵が吠えた。外殻が震える音。鞭が乱れ、通路の壁を叩く。だが当たっていない。
「もう一本だ!」
ヴィータがもう一撃を叩き込む。敵の体が揺れる。だがまだ倒れない。
「根が再生し始めてる!」
イータの声が通路の奥から届く。分析装置を構えたまま、避難施設の入口からこちらを見ている。
「足裏の組織が再び伸びてる。切断面から再生長中。あと三十秒で固定が復帰する」
三十秒。
俺はライドブッカーを引き抜き、ガンモードに切り替えた。敵の足元へ向けて連射する。根状の組織が弾け、再生が止まる。だが完全には防げない。弾丸が組織を砕くたびに、新たな根が別の角度から伸び始める。
「ヴィータ、足を頼む。俺が上を抑える」
「分かった!」
ヴィータがグラーフアイゼンを地面へ叩きつけた。衝撃波が通路を走り、根状の組織が震える。ヴィータは鉄槌を足元へ叩き込み続ける。根が砕け、再生が遅れる。
その間に、俺は敵の上半身を抑える。
ライドブッカーをガンモードで連射。敵の肩、胸、腕。外殻を叩くが貫通しない。だが敵の目玉が弾着へ向く。鞭が俺を狙うが、エグゼイドの身体がそれを避ける。壁を蹴り、天井を踏み、空中で方向を変える。
アクロバティックな動きで鞭を避け続け、射撃で敵の注意を引きつける。ヴィータが足元の根を砕き続ける。
「十五秒!」
イータの声。
俺は壁を蹴り、敵の正面へ飛び出した。鞭が来る。上から二本。横から一本。
体を捻る。上の二本をやり過ごし、横の一発をライドブッカーで弾く。鞭が刃に絡みつくが、振り抜いて外す。
敵の目玉が一斉に俺を向いた。全ての瞳孔が同じ方向を向く。俺を見ている。俺だけを見ている。
それでいい。
ヴィータが最後の一撃を叩き込んだ。
グラーフアイゼンが根の再生部分を粉砕する。踏ん張りが完全に崩れた。敵の体が揺らぐ。
「ツカサ! 今!」
俺はライドブッカーをソードモードに切り替えた。