アークオルフェノクの原種との戦いが終わった後。
俺達は、すぐに工場へと向かう事になった。
工場の空気は重かった。
鉄と油の匂いが混ざり、奥へ進むほどに湿度が上がる。非常灯のオレンジ色の光が、規則的に並んだ機械の影を長く引き伸ばしていた。
「ツカサさん、こっち」
シイナの声が前方から届く。彼女はコンベアベルトの脇に立ってこちらを手招いていた。いつもの白いシャツに黒いスカートだが、腰には散弾銃がぶら下がっている。
「到着が少し遅れたな」
「大丈夫。まだ中は見てない。外の警報が出た時点で作業員は避難したはずだけど、念のため奥まで行く」
頷いて隣に並ぶ。シイナの足取りには迷いがない。こういう場所には慣れているのだろう。
「動きが速い」
俺が呟くと、シイナも同じ方向を見ていた。
「ええ。さっきから何かが走り回ってる。機械の陰を縫って。何度か足音がしたけど、姿は見えてない」
床を見る。乾いたコンクリートの上に、湿った跡が残っている。規則的な間隔で点在するそれは、獣の足跡に似ているが、形が歪だ。人間の靴底に近いが、つま先の部分が不自然に尖っている。
「こっち」
シイナが先導する。通路の角を曲がった瞬間、奥から金属が弾ける音がした。
反射的に身を低くする。だが何も飛んでこない。音の主は既に遠ざかっていた。まるで最初から俺たちの位置を知っていたかのように、接触を避けている。
「速いな。まるで…」
言いかけた時、通路の向こうで何かが走り抜けた。影だ。機械の陰から陰へ。人の背丈ほどの大きさだが、脚の動きが人間とは違う。膝から下が異様に長い。
「今の、見えた?」
「ええ。脚が…伸びてた?」
シイナが眉をひそめる。彼女の散弾銃が微かに揺れた。
「急停止する時、装甲の隙間から何かが覗いた。目玉…?」
「原種だ」
俺はライドブッカーに手をかけた。だが、まだ変身しない。あいつの動きをもっと見る必要がある。
再び音がした。今度は天井の方だ。見上げると、配管の陰に何かが張り付いていた。暗がりでよく見えないが、湿った音がする。肉が擦れる音。
「上だ」
シイナが散弾銃を構える。だが、その瞬間に影は消えた。天井を蹴る音だけが残り、奥の通路へと走り去っていく。
「速すぎる」
シイナの声に苛立ちが混じる。だが、俺は別のことに気づいていた。
「いや、速さだけじゃない」
「え?」
「あいつ、俺たちの位置を常に把握してる。さっきも俺たちが角を曲がる直前に動いた。追いつかれない距離を保ちながら、常にこちらの動きに合わせている」
シイナが俺を見る。
「つまり…様子を見てる?」
「かもしれない。あるいは、何かを待ってる」
工場の奥へ進む。機械の音が遠ざかり、代わりに自分たちの足音だけが響く。非常灯の光が途切れ、暗闇が深くなる。
「ツカサさん」
シイナが足を止めた。彼女の視線の先、通路の床に何かが落ちていた。
近づいて見る。それは金属片だった。だが、ただの破片ではない。表面に黒い膜のようなものが張り付いている。触れない。動くかもしれない。
「原種の組織だ」
「じゃあ、さっきのは…」
「間違いなく原種。それも、俺たちの動きを観察する程度の知能がある」
シイナが散弾銃を握り直す。
「やっぱり、ただの獣じゃないんだ」
「ああ。だから慎重にいく。迂闊に追いかけると、誘導される」
二人で視線を交わらせる。シイナの目には緊張があるが、恐怖はない。銃口の向きも安定している。
「分かった。あたしは後方警戒を担当する。あんたが前に出るなら、背中は預ける」
「頼む」