悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

318 / 319
隠密の工場

アークオルフェノクの原種との戦いが終わった後。

 

俺達は、すぐに工場へと向かう事になった。

 

工場の空気は重かった。

 

鉄と油の匂いが混ざり、奥へ進むほどに湿度が上がる。非常灯のオレンジ色の光が、規則的に並んだ機械の影を長く引き伸ばしていた。

 

「ツカサさん、こっち」

 

シイナの声が前方から届く。彼女はコンベアベルトの脇に立ってこちらを手招いていた。いつもの白いシャツに黒いスカートだが、腰には散弾銃がぶら下がっている。

 

「到着が少し遅れたな」

 

「大丈夫。まだ中は見てない。外の警報が出た時点で作業員は避難したはずだけど、念のため奥まで行く」

 

頷いて隣に並ぶ。シイナの足取りには迷いがない。こういう場所には慣れているのだろう。

 

「動きが速い」

 

俺が呟くと、シイナも同じ方向を見ていた。

 

「ええ。さっきから何かが走り回ってる。機械の陰を縫って。何度か足音がしたけど、姿は見えてない」

 

床を見る。乾いたコンクリートの上に、湿った跡が残っている。規則的な間隔で点在するそれは、獣の足跡に似ているが、形が歪だ。人間の靴底に近いが、つま先の部分が不自然に尖っている。

 

「こっち」

 

シイナが先導する。通路の角を曲がった瞬間、奥から金属が弾ける音がした。

 

反射的に身を低くする。だが何も飛んでこない。音の主は既に遠ざかっていた。まるで最初から俺たちの位置を知っていたかのように、接触を避けている。

 

「速いな。まるで…」

 

言いかけた時、通路の向こうで何かが走り抜けた。影だ。機械の陰から陰へ。人の背丈ほどの大きさだが、脚の動きが人間とは違う。膝から下が異様に長い。

 

「今の、見えた?」

 

「ええ。脚が…伸びてた?」

 

シイナが眉をひそめる。彼女の散弾銃が微かに揺れた。

 

「急停止する時、装甲の隙間から何かが覗いた。目玉…?」

 

「原種だ」

 

俺はライドブッカーに手をかけた。だが、まだ変身しない。あいつの動きをもっと見る必要がある。

 

再び音がした。今度は天井の方だ。見上げると、配管の陰に何かが張り付いていた。暗がりでよく見えないが、湿った音がする。肉が擦れる音。

 

「上だ」

 

シイナが散弾銃を構える。だが、その瞬間に影は消えた。天井を蹴る音だけが残り、奥の通路へと走り去っていく。

 

「速すぎる」

 

シイナの声に苛立ちが混じる。だが、俺は別のことに気づいていた。

 

「いや、速さだけじゃない」

 

「え?」

 

「あいつ、俺たちの位置を常に把握してる。さっきも俺たちが角を曲がる直前に動いた。追いつかれない距離を保ちながら、常にこちらの動きに合わせている」

 

シイナが俺を見る。

 

「つまり…様子を見てる?」

 

「かもしれない。あるいは、何かを待ってる」

 

工場の奥へ進む。機械の音が遠ざかり、代わりに自分たちの足音だけが響く。非常灯の光が途切れ、暗闇が深くなる。

 

「ツカサさん」

 

シイナが足を止めた。彼女の視線の先、通路の床に何かが落ちていた。

 

近づいて見る。それは金属片だった。だが、ただの破片ではない。表面に黒い膜のようなものが張り付いている。触れない。動くかもしれない。

 

「原種の組織だ」

 

「じゃあ、さっきのは…」

 

「間違いなく原種。それも、俺たちの動きを観察する程度の知能がある」

 

シイナが散弾銃を握り直す。

 

「やっぱり、ただの獣じゃないんだ」

 

「ああ。だから慎重にいく。迂闊に追いかけると、誘導される」

 

二人で視線を交わらせる。シイナの目には緊張があるが、恐怖はない。銃口の向きも安定している。

 

「分かった。あたしは後方警戒を担当する。あんたが前に出るなら、背中は預ける」

 

「頼む」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。