ライドブッカーのソードモードを構えたまま、俺は目の前の原種を見ていた。
セイバーの装甲が腕に馴染んでいる。ブレードガンを構える感触は、いつになっても慣れない。だが今はそれでいい。剣が要る相手だ。
アルビノジョーカー。
ブレイドの世界で最後の敵となった白いアンデッド。だが、目の前にいるのは本物じゃない。輪郭は似ている。白い外殻。細身の体。だが、そこから先が違う。
胴体が膨らんでいる。
ジョーカーの細い胴体の周りに、別の何かがせり出している。厚い。重い。胸の装甲が外側へ押し出され、肩のラインが歪む。フォーティーン。ブレイドの世界に現れた巨人型アンデッド。あの巨体と巨腕の特徴が、ジョーカーの細身の上に重なり始めている。
二つの姿が切り替わるわけじゃない。ジョーカーの小さな腕の横から、もう一本の腕がせり出している。太い。長さが違う。指の数も違う。人型の部分が、膨張する巨体の中へ埋まり込んでいく。
外殻の隙間が開く。そこから原種の目玉が覗いた。黒い組織が蠕動している。濡れた光を返す瞳孔が、俺とシイナを交互に捉える。
「ツカサさん、あいつ——」
「見てる」
シイナの声を短く切る。今は解説に時間を使えない。
原種の背中が動いた。
膨張した胴体の背面が、上方へ伸び始めたのだ。背中の外殻が天井の梁に触れる。金属が軋む音が、工場内に響いた。
「シイナ。頭上だ。距離を取れ」
「分かった」
シイナが後ろへ下がる。散弾銃を構えたまま、壁際へ移動する。その間も彼女の視線は俺と原種を往復している。退路を確保しながら、いつでも撃てる位置を取った。
俺も下がろうとした。だが、足を止めた。
原種の背中が梁を押し上げ始めたからだ。
軋む音が激しくなる。固定金具が外れる音が連続して響く。梁が傾き、支えていた支柱の接続部が剥がれる。天井材の継ぎ目から粉塵が降り始めた。
原種の身体がさらに膨張した。フォーティーンの巨腕が左右へ広がり、機械の側面を押す。金属のパネルが撓み、リベットが弾ける。ジョーカーの面影は胸のあたりに残っているが、その周囲を巨大な外殻が飲み込んでいく。人型部分が、膨れ上がる巨体の中へ沈んでいく。
足元の設備が押し潰される音がした。原種の脚が機械の台座を踏み抜いている。踏み込むたびに外殻の隙間が開き、目玉と筋状の組織が覗く。そしてまた閉じる。膨張と収縮を繰り返しながら、全体が上へ伸びていく。
梁が折れた。
鉄骨が中程で曲がり、両端から支柱が剥がれる音が同時に響く。天井材が落下し始める。俺は剣を構えたまま一歩横へ動き、頭上の落下物を視界に収めた。
天井に亀裂が走る。一箇所ではない。原種の背中が押し上げる中心から放射状に広がる。コンクリートの塊が剥がれ落ち、鉄骨が露出する。その鉄骨も、次の押し上げで曲がる。
屋根が破れた。
外の光が差し込んだ。一筋、二筋。亀裂から漏れる空の光が、暗い工場内を不規則に切り裂く。粉塵の中を光が通り、俺の装甲に白い筋を作る。
原種の上半身が、屋根の向こうへ突き出た。フォーティーンの巨腕が屋根の縁を掴み、鉄板をめくり上げる。金属が裂ける音が工場全体を揺らす。めくれた鉄板の端が宙に浮き、原種の背中に当たって跳ねる。
瓦礫が降り注いだ。
俺は剣を構えたまま、その巨体を見上げた。
屋根を突き破った原種の上半身が、空を背に立っている。白い外殻の残骸が胸のあたりに残る。だが、その周囲を厚い装甲が覆い、巨人の体が形成されている。フォーティーンの巨腕が左右に広がり、ジョーカーの面影は胸の奥へ沈み込み、原種の目玉だけが外殻の隙間から俺を見下ろしている。
シイナが隣で息を呑む音が聞こえた。散弾銃を握る手がわずかに動く。だが、撃たない。まだ撃てない。あの巨体に散弾銃の一発が通じるか、分からないからだ。
「ツカサさん…あいつ、どうするの」
「今は動くな」
俺は剣を構えたまま、見上げたまま、答えた。
「まず観る。あいつの全部を」
瓦礫がまだ降り注いでいる。原種の全身が見えるようになるまでには、もう少し時間がいる。
俺は剣を下ろさず、その巨体を見上げ続けた。
瓦礫の落下が途切れない。
鉄骨が軋む音が頭上から響き、砕けたコンクリートの粉塵が舞い上がる。その向こうに、原種の巨大な輪郭が見える。屋根を突き破った上半身が空を背にして立ち、フォーティーンの巨腕が両側へ広がっている。外殻の隙間から原種の目玉が俺を見下ろしている。
足元を見る。残った足場は狭い。工場の床が原種の脚部に押し潰され、まともに立てる面積が減っている。だが、まだ足場はある。問題は、この狭い足場であの巨体とどう立ち合うかだ。
セイバーのままでは足りない。
ブレードガンの中距離射撃であの外殻を削ることはできる。だが、巨腕の間合いは広い。射撃の射程に入る前に、腕の間合いに入る。接近戦であの重さに対応するには、もっと剣に質量が要る。
ネオディケイドライバーへ手を伸ばす。
指がカードの束をなぞる。一枚抜く。
腰のドライバーはそのまま変えない。フォームライドはネオディケイドライバーで行う。カードを装填する。
『FORM RIDE! SABER DRAGON ARTHUR!』
音声が響く。
足元から炎が上がった。セイバーの赤い装甲が剥がれ、新しい鎧が形成され始める。脚部から順に鱗の意匠が這い上がり、膝に竜の角が生える。太腿の装甲が厚くなり、地面を踏む足裏の感覚が変わる。重心が下がる。安定感が増した。
腰回りに長い尾の意匠が巻き付き、背中へ広がる。肩の装甲が盛り上がり、竜の頭を模した意匠が左右に現れる。胸のプレートが重なり、中央に竜と剣の紋章が浮かぶ。
熱い。
火炎剣烈火を握る手に、竜の炎が伝わる。刀身から火が漏れ始め、刃の周囲に熱の層ができる。剣が重くなった。だがこの重さは、あの巨腕を受け止めるための重さだ。
頭部の装甲が変わり終わる。バイザーの視界が変わる。竜の角が左右に伸び、騎士王の意匠が額に刻まれる。
変身が完了した。
シイナが隣で動いた。散弾銃を構えたまま、原種と頭上を往復する視線を止めていない。俺の変化を一瞥し、すぐに敵へ視線を戻す。聞かない。説明を待たない。今必要なのは警戒だ。分かっている。
火炎剣烈火を握り直す。刃の火が揺れ、粉塵の中を橙色の光が走る。
俺は巨大な原種へ向き直った。