原種が動いた。
人型部分の腕が上がる。アルビノジョーカーの細い指が広がり、爪先に光が集まる。同時に巨腕が振り上げられる。フォーティーンの重い外殻が空中を切り裂く音が、工場の残骸の中で反響した。
二方向から同時に来る。
俺は火炎剣烈火を上段に、キングエクスカリバーを下段に構えたまま、一歩踏み出す。踏み出すというより、踏み留まるための踏み出しだ。
人型部分の爪が先に届いた。
五本の爪が光弾となって飛ぶ。火炎剣烈火を振る。刃の炎が光弾を舐め、弾き落とす。一発、二発、三発。火花が弧を描き、砕けた光の残骸が床に落ちる。四発目を刃の腹で受け流し、五発目を回避する。だが、回避した先に巨腕が来る。
キングエクスカリバーを横へ出す。
刃と外殻がぶつかる。重い。手応えが腕から肩へ走り、肩から腰へ流れる。足が砕けたコンクリートの上を滑る。だが、止まった。キングエクスカリバーの質量が、巨腕の質量を受け止める。刃の角度をわずかに変え、衝撃を外へ流す。外殻が滑り、巨腕が俺の右側へ抜けていく。
その横顔に、人型部分が見えた。
アルビノジョーカーの白い面。だが、その奥に原種の目玉が蠢いている。巨腕に押されて体が開いたその隙間へ、火炎剣烈火を走らせる。
刃が人型部分の肩口に触れる。外殻が裂ける。浅い。だが、刃の炎が裂け目から内側へ染み込む。中で組織が蠢くのが見える。黒い筋状の肉体が炎に縮み、目玉が光を失いかける。
だが、巨腕が戻ってくる。
俺は火炎剣烈火を引き抜きながら、キングエクスカリバーを縦に返す。巨腕の戻りを受け止めるのではない。戻る軌道の上に刃を置く。巨腕の外殻がキングエクスカリバーの刃に当たり、自らの重量で傷が広がる。敵が自分の力で自分を切る形だ。
外殻が割れ、中から原種の組織が溢れる。黒い筋と目玉がごちゃ混ぜになって飛び出し、炎に焼かれて灰になる。
一歩、後ろへ出る。足元の瓦礫が崩れる音がする。だが、足場は持つ。
シイナが左側で散弾銃を構えている。撃っていない。俺の攻撃線を空けている。頭上の瓦礫に目を走らせ、落下物が来る前に動ける位置を保っている。
原種が再度、腕を振る。人型の爪。巨腕の打撃。今度は順番に来る。爪が先、巨腕が後。隙間を作って俺をその間に挟み込む気だ。
火炎剣烈火で爪を弾く。弾いた勢いのまま体を回し、キングエクスカリバーを横薙ぎに振る。巨腕の外殻に刃が食い込む。深い。外殻の奥で原種の組織が断たれる手応えがある。だが、断たれた組織がすぐに蠢き始め、別の形へ組み替わり始める。再生だ。速い。
剣を引き抜く。刃の腹で巨腕を押し返す。重い。だが、キングエクスカリバーの質量が効く。巨腕が押し戻され、原種の体がわずかに揺れる。
間合いを取る。二歩、三歩。瓦礫を踏み越え、工場の外縁へ出る。
振り返らずに、シイナの位置を感覚で確認する。右後方。散弾銃の銃口が俺と原種の間を空けている。安全だ。
俺は剣を構えたまま、原種の全身を見上げた。
屋根を突き破った巨体。胸に沈み込んだ人型部分。外殻の隙間から覗く無数の目玉。俺を、シイナを、そして工場の外の何かを、同時に見ている。
通っている。斬撃は通る。だが、人型部分と巨体の攻撃を同時に止めきれない。一方を防げば他方が来る。一方を切れば他方が動く。二本の剣で二つの攻撃を捌いているが、決定打が足りない。
足りないなら、変えればいい。
だが、今はまだだ。まず、見る。あいつの全身を。
キングエクスカリバーの柄に手をかける。重い。さっきまでの重さとは違う。剣が何かを待っている重さだ。
腰のネオディケイドライバーは維持したまま、左手でケータッチ21を展開する。画面が光る。セイバーの装備一覧からキングオブアーサーワンダーライドブックを選択。タップする。
掌に重みが生まれた。
本だ。表紙に竜と剣と王冠の紋章が浮かぶワンダーライドブックが、ケータッチ21の画面から実体化して現れた。
キングエクスカリバーの柄元にあるスロットへ、本を差し込む。
光が溢れた。
オレンジの光が剣の刀身を駆け上がり柄から鍔へ鍔から刃へと流れる。音声が響く。
『キングオブアーサー!』
剣が動いた。
俺の手から離れ、空中で回転する。刀身が光を飲み込みながら膨らんでいく。膨らむというより組み上がる。刃が展開し柄が伸び鍔が広がり各部の装甲が折り重なる。剣の形が崩れ、別の形へ再構築されていく。
まず脚が現れた。二本の脚が光の中から伸び地面を捉える。続いて胴体が形を成す。肩が盛り上がり腕が左右へ広がる。頭部が最後に形を成し兜の意匠が光の中に浮かぶ。
騎士の巨像だ。
キングエクスカリバーが変形した姿。剣が巨像へと姿を変える。
着地した。
振動が来た。工場の床が揺れ瓦礫が跳ねる。粉塵が足元から広がり視界が白く濁る。揺れが収まると瓦礫の向こうに巨像の全身が見えた。
工場の建屋より高い。屋根を突き破った原種の巨体と同じ高さに立っている。残った鉄骨が巨像の腰のあたりまでしか届かない。原種の巨腕が伸ばしても巨像の肩に届かない。
シイナが動いた。巨像を見上げ一瞬だけ目が大きくなる。だがすぐに足元へ視線を落とし瓦礫の安定を確かめてから数歩下がる。散弾銃を構えたまま動かない。
俺は火炎剣烈火を握り直した。手元の剣と巨像の感覚が繋がっている。剣を動かせば巨像が動く。剣を振れば巨像が振る。この感覚を確かめてから、敵を見る。
原種の全身の目玉が一斉に動いた。巨像へ向く。俺へ向く。シイナへ向く。三方向を同時に捉えている。だが今度は俺の側にも同じだけの大きさがある。
キングオブアーサーが構えた。巨像の両手が剣を持ち上げる。巨大な剣が空を背にして光る。原種の巨腕がそれに応じるように広がる。巨体と巨像が向き合う。
瓦礫の上に二つの影が落ちている。一つは原種。一つは巨像。二つの影が重なり合い工場の残骸を覆う。
俺は剣を構えたまま、その二つの巨体を見上げた。
原種が動いた。巨腕が振り上げられ俺と巨像の間へ差し出される。迎撃だ。あの厚い外殻で斬撃を受け止める気だ。
受け止められるかは、試してみれば分かる。
俺はネオディケイドライバーへカードを装填した。
『FINAL ATTACK RIDE! SA SA SA SABER!』
音声が響く。力が流れる。火炎剣烈火から全身へ、全身から巨像へ。剣を握る手に熱が集まり足元の振動が変わる。
巨像の手が動いた。俺を掴む。だが抵抗はない。巨像の手が俺の体を剣のように握り上げる。足が地面を離れ視界が上がる。空が近くなる。原種の巨体が見下ろせる高さへと視界が変わる。
俺の身体が剣になる。巨像がその剣を振る。火炎剣烈火の刃と俺の全身の装甲が重なり一つの刃となる。巨像の腕が俺を――剣を振り上げる。
原種の巨腕が差し出される。あの外殻で斬撃を受け止めようとする姿勢だ。
だのではなく、巨像が踏み込む。瓦礫を踏み砕く振動が体を伝う。踏み込みと共に振り下ろされる。
刃が外殻に触れる。
抵抗が来る。厚い。硬い。だが止まらない。刃が外殻へ食い込んでいく。表面が裂け内部の組織が露わになる。黒い筋状の肉体と目玉がごちゃ混ぜになった層を刃が通っていく。
巨腕の外殻が割れる。亀裂が走る。刃の軌道に沿って亀裂が広がり外殻の断片が左右へ弾け飛ぶ。巨腕の奥から原種の組織が溢れ出す。
刃が巨腕を抜ける。次は胴体だ。白い人型部分と巨体を繋ぐ組織の帯が裂けていく。人型部分の白い外殻が根本から断たれ巨体から切り離される。繋ぎ止めていた筋状の組織が一本一本切れ弾ける。
核が見える。巨体の胸の奥。人型部分が沈み込んでいた場所のさらに奥。銀色の球体が脈動している。
刃が届く。
核の表面に亀裂が走る。銀色の光が亀裂から漏れる。抵抗が弱くなる。核が砕ける。光が弾け核の破片が飛び散る。
原種の巨体が揺らぐ。外殻の亀裂が全身へ広がる。目玉が一つずつ光を失い組織が蠢きを止める。巨腕が落ちる。人型部分が崩れる。巨体が倒れる。
瓦礫の上へ崩れ落ちる音が工場内に響く。粉塵が舞い上がり視界が白くなる。
風が吹く。粉塵が薄れる。
残った組織が瓦礫の上で蠢いていた。だが動きは弱い。一本の筋状の組織が最後に震え動きを止める。
静かになった。
俺は剣を下ろす。巨像の手が離れ足が地面へ戻る。視界が低くなる。瓦礫と灰と静寂が足元に広がっている。
シイナが散弾銃を下ろした。瓦礫の陰から出てくる。倒れた原種を見上げ視線を戻す。
「終わった?」
「終わった」
短く答える。火炎剣烈火の炎が消える。刃の熱が引いていく。変身を解くかどうか考える前に、足元の瓦礫を踏む音が聞こえた。
シイナが隣に来た。
「あたしの出番なかったね」
「見ててくれた」
「まあね。見てたけど」
それ以上何も言わなかった。俺も言わなかった。
瓦礫の上に灰が積もっている。原種の残骸だ。動くものはない。
俺は剣を下ろし灰を見下ろした。