悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

325 / 325
悪意の塊

「マナ。篠宮マナ」

 

女はもう一度言った。桃紫色の瞳が笑っている。だがその笑みが目に届いていない。口だけが笑っている。

 

「知らないな」

 

俺は答えた。ライドブッカーから手を離さない。

 

「えー、つれないなぁ。あたしのこと知らない? 有名人なんだけどなぁ」

 

「知らない人間の名前を覚える趣味はない」

 

「うそぅ。嘘つきだねぇ。君の目、嘘つきの目してるよ」

 

マナは笑ったまま首を傾げた。緑色の爪が頬を軽く撫でる。仕草は可愛い。だがその可愛さが、この場では不気味さを増幅しているだけだ。

 

ゼータが動いた。

 

猫科の獣人。気配を消して動くのが得意だ。だが、マナはゼータが動いた瞬間に視線を向けた。当てたのではない。最初から分かっていた目で追った。

 

「あ、猫ちゃん動いた」

 

声は楽しそうだ。遊んでいる子供の声だ。だが、その子供が爪を研いでいるのを知っている大人の声でもある。

 

ゼータの短剣がマナの喉元を狙った。速い。だがマナは動かなかった。動く代わりに、体から何かが伸びた。

 

触手だ。

 

背中から。いや、肩から。服の下から緑色の触手が滑り出し、ゼータの短剣を受け止めた。触手の表面に目玉が開く。濡れた球体が、ゼータの刃を捉えている。

 

「あたしのこと、切ろうとするの? ひどいなぁ」

 

マナは笑ったまま言った。そして触手を振った。

 

ゼータが飛んだ。

 

部屋の壁まで弾き飛ばされた。コンクリートに背中が叩きつけられる音が響く。ゼータは空中で身を捻り着地したが、膝が震えている。一撃の衝撃が残っている。

 

「ゼータ!」

 

「……大丈夫。動ける」

 

ゼータが短剣を握り直した。だが俺は手で制した。前に出る。

 

マナは俺を見た。

 

桃紫色の瞳が、俺を舐めるように動く。上から下へ。顔から胸へ、胸から腰へ、腰から足へ。品定めだ。だがそれは人間を見る目ではない。食材を見る目だ。

 

「君がツカサくん? 伝聞の通りだねぇ。悪くない顔してる」

 

「用件はなんだ」

 

「用件? 用件ねぇ。あたしは暇潰しに来たの。このビル、あたしの遊び場だったんだよね。そしたら君たちが入ってきてるから、ちょっと見に来ただけ」

 

暇潰し。

 

この女にとって、このビルは暇潰しだった。培養槽の端末も、隠しファイルも、財団Xの識別コードも、全部暇潰しの道具だ。

 

そして俺たちも、暇潰しの相手だ。

 

「で、どう? 暇潰しになる?」

 

マナが動いた。

 

速い。ゼータが気づかなかった速さだ。俺の目が追う前に、マナの体が目の前にあった。

 

緑色の爪が俺の喉を狙って伸びる。

 

ライドブッカーを抜いた。

 

ソードモード。刃が爪の軌道を弾く。金属音が響く。だが、弾いた瞬間にマナの体から触手が伸びた。今度は一本ではない。三本。肩から二本、腰から一本。三方向から同時に俺を狙う。

 

俺は横へ跳んだ。

 

触手が俺のいた場所を薙ぐ。コンクリートの壁に三本の亀裂が走る。深い。指先で触れただけで壁が砕ける威力だ。

 

「あれ、避けた。やるねぇ」

 

マナは楽しそうだ。だがその楽しさが、俺には理解できない種類のものだ。人を傷つけることへの楽しさ。獲物を追い詰めることへの楽しさ。それがこの女の楽しさだ。

 

俺はライドブッカーを構え直した。ソードモードからガンモードへ。だが切り替える前にマナがまた動いた。

 

触手を鞭のように振る。上から二本、横から一本。三方向からの同時攻撃。

 

俺はライドブッカーを振った。ソードモードのまま。三本の触手を一閃で弾く。だが弾いた瞬間にマナの本体が来た。

 

爪が俺の胸を狙う。近い。距離がない。剣を振る暇がない。

 

俺は体を捻った。爪が装甲を掠める。火花が散る。浅い。だが当たりはした。

 

「お、かっこいい。やっぱり強いねぇ君」

 

マナが笑う。だがその笑みが、一瞬だけ歪んだ。

 

俺は蹴りを入れた。

 

マナの腹へ。右足の蹴りがマナの体を捉える。だがマナは吹き飛ばされなかった。触手が床に突き刺さり、踏ん張ったのだ。

 

「……あはは。痛いじゃん」

 

声は笑っている。だが目が笑っていない。桃紫色の瞳が細くなる。瞳孔が縦に裂ける。人の目ではない。

 

「面白いねぇ。あたしのこと、蹴るの? ふつう、あたしの前では震えるんだよねぇ」

 

「残念だったな。俺はふつうじゃない」

 

「そうだねぇ。ふつうじゃないねぇ。あたしと同じ匂いする」

 

マナの触手が蠢いた。だが、今度は攻撃してこなかった。触手を体へ引き戻し、服の下に収めていく。

 

「あたし、今日はもう帰る。君のこと、気に入ったから。次会う時はもっと遊んであげる」

 

「逃げるか」

 

「逃げないよぉ。あたしは選んでるだけ。今日はまだ、あたしの勝ちじゃないって、あたしが選んだだけ」

 

マナは笑った。だがその笑みの端に、苛立ちが滲んでいた。俺の蹴りが効いたのではない。俺がマナの攻撃を防ぎきったことが、気に入らないのだ。

 

「じゃあねぇ。ツカサくん」

 

マナは背を向けた。歩き出す。だがその歩き方が不自然だった。足音がしない。体重が地面に伝わっていない。幽霊のように、床の上を滑っている。

 

俺は追わなかった。

 

ゼータが壁から離れた。膝の震えは収まっている。だが顔色が悪い。

 

「ツカサ。あの女——」

 

「ああ。分かってる」

 

敵だ。確実に。

 

そして、ただの敵ではない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

悪魔と呼ばれ慣れて(作者:ボルメテウスさん)(原作:陰の実力者になりたくて!)

『悪魔』と、『世界の破壊者』と呼ばれ、旅を続けたディケイド。▼彼が行き着いた先には『悪魔憑き』と呼ばれる存在がいる世界。▼その世界でディケイドは、何を見るのか。▼その先で、何を行うのか。


総合評価:600/評価:7.31/完結:209話/更新日時:2025年06月05日(木) 00:00 小説情報

悪魔と呼ばれ慣れて 2nd(作者:ボルメテウスさん)(原作:僕のヒーローアカデミア)

『世界の破壊者・ディケイド』の力を偶然手に入れた青年・ツカサ。▼彼は、その身に数多くのライダー達の力を受け継ぎながらも、様々な世界を超えながら、ハンドレッドと戦いをくり広げていた。▼そんな戦いの最中、彼らはある世界へと来ていた。▼『個性』と呼ばれ、『ヒーロー』が職業となった世界。▼その世界において、彼の瞳は、何を映す。▼「俺はヒーローじゃない。通りすがりの仮…


総合評価:466/評価:7.46/完結:193話/更新日時:2025年12月15日(月) 00:45 小説情報

世界を救った勇者は俯きながら生きている。(作者:赤いUFO)(原作:魔法少女リリカルなのは)

ある4人の少女はこことは違う世界に喚び出された。▼多くの戦いを駆け抜けた少女達は世界を救った。▼しかし、帰って来られたのは、たった1人だけだった。▼これは、失意に落ちた勇者が少しずつ顔を上げる物語。▼【前日譚】ホーランドの勇者も少しずつ連載中。▼https://syosetu.org/novel/332325/#


総合評価:4116/評価:8.39/連載:97話/更新日時:2026年11月03日(火) 18:00 小説情報

戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony(作者:セグウェイノイズ)(原作:戦姫絶唱シンフォギア)

【25/11/10 2期編終了】▼あの日、俺は人間達に倒された。▼だが、天は俺を見放さなかったようだ。▼流れ着いたのは歌の世界。▼今度こそ目的を果たすために────。▼さあ、実験を始めようか。▼シンフォギア世界にエボルトがやってきた話。▼ヘッタクソな文章ですが、楽しんで頂ければ幸いです。


総合評価:2141/評価:8.62/連載:58話/更新日時:2026年10月18日(日) 20:00 小説情報

現実を超えるエージェント(作者:SEEDに出会えてよかった)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼人ならざる者が潜む領域、ホロウ。▼今そのホロウに、1人のエージェントが現れる。▼人々の幸せを、夢を守るため、正体を隠し戦い続ける。▼彼は今日も言うだろう。『いい夢見ろよ』、と。▼https://syosetu.org/novel/399056/▼こちらの小説に影響を受けました。▼凍結されていますが、マジでめちゃくちゃ面白いし読みやすいのでオススメです。


総合評価:356/評価:7.64/連載:7話/更新日時:2026年10月06日(火) 08:37 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>