ビルから戻った俺たちを待っていたのは、イータの報告だった。
「端末の復元が一段落した。隠しファイルの中に、財団X以外の痕があった」
イータはパソコンを俺の方へ回した。画面には、いくつかのテキストデータが表示されている。日付は三日前。送受信の履歴。そして、簡潔な指示文。
『ケースを指定の公園へ運べ。受け取りは現地で行う。中身の確認は不要。開けるな。』
「闇バイトか」
デルタが俺の肩越しを覗き込んで言った。
「そう。発信元は追えない。プロキシが何重にもかかってる。ただし、内容自体はいたってシンプル。報酬も振り込まれてる。口座はダミーだけど」
イータの指が画面をスクロールする。報酬の振込記録。少なくない額だ。だが、それが何を意味するかは分からない。
「ケースの中身は分かるか」
「記録にはない。ただ、同じファイル内に倉庫の在庫リストがあって、その中に『搬出済み』の項目がある。日付が一致する」
ゼータが隣で端末を操作していた。耳が動いている。
「ツカサ。この公園、市内の西端だ。住宅地のすぐ外れ。夜は人通りが少ない」
俺は画面を見つめた。ケースを運べ。中身は確認するな。公園で受け渡し。
「誰がこんな指示を出したんだ」
「それが分からない。発信元も、受け取り側も。ただ、この指示文の文体——」
イータが言葉を切った。
「財団Xの内部文書で見たことがある」
俺はパソコンを閉じた。
「ゼータ。その公園までどれくらいだ」
「バイクで十五分。走れば十分」
「向かうぞ」
デルタが立ち上がった。
「あたしも」
「お前は——」
「あたしも行く。あの女がまた出るかもしれないだろ」
デルタの目が俺を見ている。昨日のマナのことを言っている。俺は一瞬だけ迷って、頷いた。
「三人で向かう。イータはここで端末の解析を続けてくれ」
「分かった。何か見つかったら送る」
俺たちは部屋を出た。廊下が暗い。非常灯の緑色の光が壁を這っている。
外に出ると、夜の空気が冷たかった。星が見える。月は薄い。
ゼータが先導する。足音が消える。デルタがその後ろを走る。俺は最後尾。
「ツカサ!あのケース、何だと思う」
デルタが走りながら聞いてきた。声は低い。
「分からん。だが、開けるなと書いてある程度にはヤバいもんだろう」
「闇バイトで運ばれるやつなんて、ろくなもんじゃないでしょ」
「そうだな」
俺は走りながら周囲を見た。街灯が等間隔に並んでいる。防護シャッターが下りている店。閉まった窓。静まり返った住宅地。
だが、静かすぎる。
夜だから静かなのは当たり前だ。だが、この時間帯に人通りが全くないのは異常だ。避難訓練の日ではない。だが、誰も外に出ていない。
「ゼータ」
「分かってる。静かすぎる」
ゼータの耳が動いている。全方位へ向けられている。
俺は走りながら、ライドブッカーに手をかけた。
嫌な予感がしていた。何かが待っている。何が待っているかは分からない。だが、あのビルで見た培養槽と、財団Xのコードと、マナという女と、そして今、この静かすぎる夜と。
すべてが繋がっている気がする。
繋がっている先に何があるか。それを見に行くしかない。
「着いた」
ゼータが足を止めた。
公園が見えた。闇に溶け込むように、木々が立っている。ベンチが並ぶ広場。その奥に、何かが置かれていた。
ケースだ。
公園のベンチの上に、黒いケースが置かれている。誰もいない。ケースだけが、月明かりの下にぽつんと。
俺たちは三人で公園の入口に立った。動かない。
「ツカサ」
「ああ。見えてる」
誰もいない。だが、ケースはある。運ばれた。置かれた。そして、受け取りに来た人間は——いない。
「罠か」
デルタが呟いた。
「かもしれない。だが——」
俺は一歩踏み出した。
「確認しない訳にはいかない」