マシンディケイダーのエンジンが唸る。
夜風がヘルメットの隙間から首筋を撫でた。街灯が等間隔に流れていく。信号は赤だが、止まる理由はない。サイレンが遠くで鳴っている。いや、鳴っているのではない。鳴り止んだ後の静寂が耳に残っているだけだ。
情報を手にしてから五分。公園まではもうすぐだ。
端末に残されていたメッセージ。『ケースを指定の公園へ運べ』。たったそれだけの指示が、腹の底に鉛のような重さを残していた。理由は分からない。
通りすがりの仮面ライダーの勘が、何かを告げている。
公園が見えた。
鉄柵の向こうに広がるのは、夜の闇に溶けた木々の輪郭と、ぽつんと点在する街灯の薄明かり。ベンチが見える。滑り台が見える。砂場が見える。
平和な光景だ。
日常の欠片がそこにあった。まるで何も起きていないかのように、公園はただそこに在る。
……違う。
目が止まる。
噴水の脇。街灯の光が届くか届かないかの境界線上に、人影があった。
一人。男だ。背を向け、噴水を見つめている。
何も持っていない。ケースもない。ただ立っている。
だが、その立ち方がおかしい。
体が左右に微かに揺れている。風に揺れているのではない。自分の意志で立っているのでもない。何かに支えられているような、あるいは何かにしがみついているような、不安定な静止。
そして、体の節々から、何かが溢れている。
暗がりで判別しづらいが、肌の表面に黒いものが這っている。血管のように、だが血管ではない。もっと不規則な、有機的な線が首筋から耳の裏へ、手首から指先へと広がっている。
背筋に冷たいものが走る。
あれは——人間じゃない。いや、人間だったものか。どちらにせよ、今のあれは、俺が知っているものだ。
手が動くより先に、体が動いている。
マシンディケイダーから飛び降りるというより、落ちるように地へ足をつく。ライドブッカーを腰から引き抜く動作は、もう呼吸と同じだ。考えるより先に指がカードホルダーの縁を弾き、ソードモードへ展開する刃の金属音が夜気を切り裂く。
男が——いや、あれが振り返る。
顔がある。だがその顔の奥から、目が覗いている。人間の目じゃない。原種の目だ。瞳孔が縦に裂け、濡れた光を反射している。
胸が膨れ上がる。
核が反応している。膨張している。あれは爆発する。今、すぐに。
距離は十メートル。
踏み込む。路面を蹴る音が一つ。空気を裂く風切り音が一つ。刃が夜を薙ぐ。
「——ッ!」
声にならない息と共に、ライドブッカーの刃が男の胸元——膨らんだ核の表面を裂いて走る。
手応えがある。肉を断つ感触ではなく、内部の圧力を抜く感触。膨らんだ何かが裂け、内側の液体が飛び散る。だが爆発はしない。圧力が解放され、砕けた核の残滓が夜風に散るだけだ。
男の体が崩れる。
糸が切れたように膝が折れ、地面へ沈んでいく。俺は着地と同時にその横を抜け、背後へ視線を投げる。
誰かいるか。
周囲に人影はない。だが、気配がある。あの男がただ一人でここにいたわけではないはずだ。誰かがここに運ばせ、誰かがここで受け取る予定だった。
避難しなければならないのが俺たちだけではないかもしれない。
「避難しろ!」
声を張る。夜の公園に、俺の声が響く。
「近づくな! ここに来るな!」
周囲の住宅地へ向かって叫ぶ。誰かがいるかは分からない。だが、万が一でも人が近づけば巻き込まれる。
ライドブッカーを構えたまま、公園を見渡す。
夜風が木々を揺らす音だけが残った。