噴水の陰。ベンチの横。街灯の光が届かない闇の縁。小さく縮こまっている。男だ。二十代前半。パーカーのフードを被ったまま地面に座り込んでいる。
動かない。だが、呼吸はしている。肩が小さく上下しているのが見える。
さっきの男ではない。あれは崩れて地面に沈んだ。だが、あれと同じものがこの男にもあるのか。目がないか。首筋。手首。暗がりでは判別できない。
「逃げなかったのか」
呟きながら近づく。ライドブッカーを構えたまま。警戒を解かない。あの男も最初は人間に見えた。この男も人間に見える。だが見えるだけで、中身が同じとは限らない。
「おい。大丈夫か」
声をかける。男の肩が跳ねる。顔を上げた。
目がある。人間の目だ。瞳孔が開いている。恐怖で開いている。だが瞳の中に原種の光はない。濡れた球体もない。
人間だ。
「動けるか」
「あ、あ。あいつ、あいつが——」
男の声が震えている。歯が鳴る。
「あいつが、突然、爆発、しようとして——」
「見たのか」
「見た。俺、俺、ケースを、ここに、置けって、言われて——」
ケースを運んだのはこいつだ。闇バイトで指示を受けたのは。
「ケースはどこだ」
「あそこ、ベンチの——」
男が指差す。ベンチの下。黒いケースが転がっている。蓋が開いている。中身はない。
「開けたのか」
「開けてない、開けてないよ、でも、あいつが、勝手に——」
男の言葉が途切れる。いや途切れたのではない。男の視線が俺の肩越しへ向いた。俺の背後へ。
背後に気配がある。
振り返る。
公園の植え込み。低木の陰。そこから何かが這い出している。
人間の形をしている。だが人の動きではない。四つん這い。背中が隆起している。服の下から黒い組織が這い出し脊椎に沿って枝分かれしている。首の根元に目玉が一つ開いた。
もう一体いた。
いや、あのケースの中から出たのか。ケースを開けた人間に寄生したのか。どちらかは今は判断できない。
だが判別しなければならないのは、あれが人間だったものかどうかだ。
人間だった可能性がある。ケースを開けた誰か、あるいはケースに近づいた誰か。
寄生型侵略種。人間に寄生し体内から乗っ取る類だ。さっきの男と同じ。だがさっきのは爆発寸前だった。こいつはまだ動ける。ということは、寄生が完了していないか、あるいは完了して別の段階に入っているか。
どちらにせよ人間が中にいるなら助けなければならない。
だが、活動している状態で近づくのは危険だ。さっきのように爆発する可能性もある。
治療が必要だ。だがただの治療じゃない。寄生種に対処できる治療。
俺はネオディケイドライバーへ手を伸ばした。
カードを抜く。赤い車身。タイヤの紋章。
『KAMEN RIDE DRIVE!』
装填する音声と共に、体が変わる。赤い装甲が全身を覆うタイヤ型の意匠が肩に走る胸の装甲が重なる。ドライブの姿。タイプスピード。
だが今の速度型では足りない。精密な操作が必要だ。寄生種を除去しながら宿主を守る。それには技術型が要る。
フォームライドカードを取り出す。
『FORM RIDE DRIVE TYPE TECHNIQUE!』
装甲が組み変わる。赤から青へ。より重厚な装甲が四肢へ巻き付き肩のタイヤが泥ガード型へ変わる。タイプテクニック。精密操作に特化した形態。
手元のコントローラーが重くなる。だがこの重さは正確さのための重さだ。
さらにカードを引く。
『ATTACK RIDE タイヤコーカン ドクター!』
肩のタイヤが回転し新しいタイヤへ交換される。医療タイヤ。白色と赤十字の意匠が肩に灯る。
体に知識が流れてくる。医療知識ではない。ドライブの技術型が持つ精密操作能力が医療行為へ転用される感覚だ。
右手にタイヤが現れる。ドクタータイヤ。治療と修復に特化したタイヤ。
寄生型侵略種に対応しながら怪我人の治療を行う。
まさに今必要なのはこれだ。
「全員を助ける!」
俺は叫びながらドクタータイヤを構えた。
寄生種が植え込みから這い出す。速い。だがタイプテクニックの精密な動きで対応できる。
前へ出る。太郎と寄生種の間へ割り込む。
寄生種の腕が伸びる。爪が俺を狙う。
ドクタータイヤを振る。タイヤが回転し寄生種の腕に当たる。切るのではない。除去する。爪と腕の付け根から黒い組織を剥がすようにタイヤが触れた部分の寄生組織を分離していく。
寄生種が吠える。だが人間の声も混じっている。中に人がいる。
「助ける。動くな」
俺はドクタータイヤを押し込みながら言った。
これからが本番だ。