触手が来る。
速い。だが直線だ。軌道が読める。タイプテクニックの精密な感覚が、触手の筋肉が収縮する方向と速度を数値として俺の手に伝えてくる。
ライドブッカーをガンモードへ切り替える。指が動くより先に刃が銃身へ折りたたまれ、銃口が触手の根本へ向く。
引き金を引く。
エネルギー弾が銃口から飛び出し、夜気を裂いて触手の付け根へ叩き込まれた。外殻が砕け、黒い組織が飛び散る。触手が痙攣し、地面へ叩きつけられる。
再生が始まる。だが遅い。タイプテクニックのエネルギー弾は命中箇所の組織を焼き切っている。再生する前に次を撃てば、隙ができる。
二発目。三発目。触手の残骸を順に砕いていく。再生が追いつかない。組織が灰になって床に積もるだけだ。
本体が動いた。
寄生されている人間だ。男だ。三十代ほどの体格。だが今は背中から肩にかけて黒い組織が這い上がり、首の根元に目玉が一つ開いている。顔は苦痛に歪んでいる。意識がある。中に人がいる。
近づく。
踏み込む一歩ごとに、タイプテクニックの重い装甲が地面を捉える。歩幅は変わらない。速度も変わらない。正確に、隙間なく、距離を詰める。
触手が再び伸びる。残った左肩から二本。軌道を読む。一本は上から、もう一本は横から。
上の一本を回避する。体を半歩右へずらすだけで、触手が俺の肩の上を通り過ぎる。
横の一本をガンモードで撃つ。エネルギー弾が触手の中途を砕く。先端が落ちて地面で蠢く。
あと五メートル。
男の顔が見える。目が俺を見ている。人間の目だ。恐怖と痛みと、助けてほしいという声なき声が、その瞳に浮かんでいる。
「動くな」
短く告げる。
男の体に巻きついている組織が、俺の接近に反応して収縮する。警戒している。宿主を守るためではない。自分自身を守るために宿主を張り合っている。
マッドドクターの装備が手元で唸る。
聴診器を模した専用装備だ。だがこの装備は音を聞くためのものではない。生体組織の接続を検知し、寄生種と宿主の境界を特定する。そして、その境界を無理やり引き剥がす。
俺は男の肩へ手を伸ばした。
触手が襲う。だが、もう遅い。
マッドドクターの先端が男の首筋に触れる。装備が振動し、寄生種と宿主の境界を走る接続を検知する。一本一本、細かい。だが一本一本、正確に見える。タイプテクニックの精密な感覚が、その一本一本を俺の手に伝えてくる。
引き剥がす。
装備が振動し寄生組織を宿主の肉体から剥離する。
男が叫んだ。
声にならない声だった。喉が裂けるような音だ。目が見開かれる。体が弓なりに反る。
痛い。間違いなく痛い。
寄生種は体に根を張っている。それを無理やり引き剥がすのだ。肉が裂ける痛みがある。組織が断たれる痛みがある。神経が引きちぎられる痛みがある。
まぁ、死ぬ程痛いがな。
だが、死にはしない。マッドドクターの装備は宿主を殺さない。寄生種を剥がす過程で宿主の組織を同時に修復する。裂くと同時に塞ぐ。引き剥がすと同時に繋ぎ止める。ドライブの技術型と医療タイヤの精密な力がそれを可能にしている。
男の首筋から目玉が剥がれる。黒い組織が音を立てて肉体から離れていく。
「ッ、あ、あぁ——」
男の声が変わる。悲鳴から喘ぎ声へ。痛みが引いていく証拠だ。
背中の組織が剥がれ落ちる。肩から、腕から、胸から。黒い根が一本ずつ肉体から引き抜かれていく。そのたびに男の体が震える。だが震えは弱くなっている。
最後の一本が引き抜かれた。
男の体から寄生種が完全に離脱する。黒い組織の塊が地面へ落ち、蠢いてから動きを止める。
男が倒れる。俺が支える。意識がある。目が俺を見ている。
「…い、い、たい……」
「終わった。もう痛くない」
嘘だ。まだ痛いだろう。だが信じさせなければならない。
男を地面へ寝かせる。呼吸は荒いが規則的だ。命に別状はない。
上を見る。
公園の中にまだ人影がある。
二人。いや、三人。
ベンチの脇に一人。噴水の陰に二人。それぞれ体に黒いものが這い上がっている。三人とも動いている。だが、いずれも苦しそうだ。
「本当、まだまだ仕事は終わりそうにないな」