悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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ワイヤーの隙間を抜けて

夜気が張り詰める街の一角で、有絵海燕の糸が空間を細かく切り裂いていた。薄光を反射する線はただの拘束ではない。絡め取るだけでなく、魔力の流れと意志を撫で、抵抗そのものを鈍らせる設計だ。

 

その糸が、ふいに、音もなく震えた。

 

瞬間、有絵は鋭い笑みを浮かべ、足を踏み出す。

 

「……逃げられるとでも思ったかい?」

 

だがその直後、糸は何も触れていない空間でばらばらと外れていった。

 

有絵が問いかけるより速く、ツカサの腰の装備が微かに変形した。

左の装甲が折れ、銃身とグリップが滑り出す。

 

その刀身は単なる刃ではない。刺さるような軽やかな輪郭は、空間に飛び交う糸の軌道を即座に計算するために最適化された一線の武器に見える。

 

ディケイドは躊躇なくその刃を振った。

 

刃が通過した直後、糸の一部が斜め方向へ変化する。これは“斬る”以上の意味を持つ。糸そのものの軌道を切り替え、敵の攻撃の角度を狂わせる工夫だ。その効果で、糸が再び絡みつく可能性は大幅に減少し、有絵の戦闘配置が崩れていく。

 

有絵は驚嘆を混じえた声を上げた。

 

「……何だ、その武器……逃げ道すら奪うつもりか?」

 

糸の配置が乱れた瞬間、ディケイドは再び武器を変形させた。

 

ソードモードの刃がスッと縮み、再びブック本体の形状へ戻ることなく、次のモードへ滑り込んだ。ガンモードへの再展開だ。先ほどと同じ銃身が再び現れ、引き金に掛かる指先は冷静そのものだ。

 

引き金が静かに引かれると、今度は別の位置を狙う光弾が放たれた。

 

「ぱしゅん……」

 

有絵の足元を狙った射撃は、瞬時に地面の石を抉り取る。爆発はないが、光弾の“直撃”は確実に周囲の空間を変調させた。

 

なのはは目を見開き、息を詰める。

 

「……すごい……魔力使ってないのに……!」

 

フェイトも警戒の目を離さない。

 

クロノは端末を握り締め、驚愕の声を漏らした。

 

「……純粋な技術だ……魔力計測不能なのに……まるで“刀と銃”だけで戦っている!」

 

張り巡らされたワイヤーが、今度は無数の矢のように宙を走った。

逃げ場を塞ぐ配置。獲物を包囲するための、完成された蜘蛛の巣。

 

有絵海燕は笑っている。

興奮に濁った声で、独り言のように呟いた。

 

「いい……いいよ……その動き……切り刻んで、縫い潰して……どこまで保つか、見せてくれ……」

 

ワイヤーが跳ね、斬撃となって降り注ぐ。

 

ツカサは、なおも沈黙を守ったまま、腰のカードホルダーから一枚を抜き取る。

ネオディケイドライバーに差し込み、低く、短い起動音が響く。

 

『FORM RIDE… KABUTO MASKED』

 

装甲の縞が流れ、黒と銀の外殻が重なり合う。

次の瞬間、姿は仮面ライダーカブト――マスクドフォームへと変わっていた。

 

なのはが息を呑む。

 

「……また……姿が……変わった……?」

 

フェイトは目を離せない。

魔力反応は相変わらずほとんど検出できないのに、存在感だけが異常なまでに膨れ上がっている。

 

有絵は一瞬、眉をひそめた。

 

「……殻……?」

 

次の瞬間、無数のワイヤーが一斉に絡みつく。

今度は逃げない。避けない。

 

ツカサは、正面からそれを受け止めた。

 

ギギギギ……と、金属と金属が擦れる音。

糸が装甲に食い込み、全身を縛り上げる。

 

「はは……捕まえた……!」

 

有絵の笑いが夜に響く。

 

なのはが叫ぶ。

 

「だ、だめ……っ、動けない……!」

 

だが、次の瞬間。

 

――――装甲が、爆ぜた。

 

『CAST OFF』

 

爆音とともに、外殻が弾け飛ぶ。

砕けた装甲片が、絡みついていたワイヤーを弾き飛ばし、切断し、強制的に“道”を作る。

 

姿は一変していた。

紅い複眼、鋭い輪郭。仮面ライダーカブト、ライダーフォーム。

 

有絵の目が見開かれる。

 

「……は?」

 

装甲の破片が消えた直後、ツカサはすでに地を蹴っていた。

 

ライドブッカーを構え、斬撃で糸を払い、同時に銃へ切り替える。

引き金、一発。

 

光弾が、有絵の張った結界糸の“結び目”を撃ち抜く。

 

二発目で、足場を破壊。

 

三発目で、背後の支点を吹き飛ばす。

 

蜘蛛の巣が、一気に崩れ落ちた。

 

クロノは目を見開いたまま、呟く。

 

「……切って……撃って……両立……あれは……武装一体型……」

 

だが有絵は、なお笑っていた。

 

「いい……いい……! もっと……もっと……!」

 

彼女の身体が、わずかに揺らぐ。

吸収した力が、体内でうねり始めている。

 

「……上質……さっきの斬撃……さっきの光……」

 

ぺろり、と唇を舐める。

 

「……君の力……美味しい……次は……あの二人の……」

 

視線が、なのはとフェイトへ向いた。

 

その瞬間。

 

ツカサが、カードをもう一枚抜き取る。

 

ネオディケイドライバーに差し込み、無言でスイッチを叩いた。

 

『CLOCK UP』

 

世界が、止まった。

 

正確には、止まったのは“周囲”だった。

 

風が固まり、砂埃が宙に凍り、なのはの瞬きすら、途中で止まる。

有絵だけが異変を感じ、反射的に跳び退こうとする。

 

だが――――

 

すでに、そこにはいなかった。

 

有絵の背後。

 

いつの間にか立っていたツカサの脚が、静かに引き絞られる。

 

クロノの端末が、ついに悲鳴のような警告音を上げた。

 

「高速移動……時間圧縮……計測不能……!」

 

有絵が、遅れて振り向く。

 

「……は?」

 

その背後で、カードが装填される音。

 

『FINAL ATTACK RIDE… KA… KA… KA… KABUTO』

 

世界が、動き出す。

 

回し蹴り。

 

それは“速い”という次元ではなかった。

距離と時間を無視して、存在の裏側から叩き込まれる一撃。

 

有絵の防御結界が展開される前に――――

 

直撃。

 

轟音とともに、有絵の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

砂塵が舞い上がる。

 

なのはは、声も出ないまま、その光景を見つめていた。

フェイトは震える手でデバイスを握り、クロノはただ、呆然と立ち尽くす。

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