アースラのブリッジは、静かに航行を続けていた。
天井の半透明なパネル越しに、次元空間の淡い光がゆっくりと流れている。床のラインに沿って走る制御灯は、一定のリズムで明滅し、艦が安定航行に入っていることを示していた。中央の円形ホログラム卓の周囲には、リンディ、クロノ、エイミィ、なのは、そしてユーノが並んでいる。壁面には先ほどの戦闘記録と、仮面の戦士の静止映像が複数投影され、まるで無言の監視者のように全員を見下ろしていた。
なのはは椅子に浅く腰かけ、両手を膝の上でぎゅっと握っている。
助けられた安心と、正体の分からない存在への不安が、胸の中で絡まっていた。
リンディがティーカップをソーサーに置く音が、妙に大きく響く。
「これまで、様々な世界で目撃されているけれど……彼らは、あまりにも特徴がバラバラな事が特徴なの」
なのはが首を傾げる。
「バラバラが特徴って……どういう事なんですか?」
クロノは腕を組んだまま、ホログラムに映る数値群を指でなぞる。
「例えば、僕達の魔法体系は“魔力”という共通の前提がある。どんな系統でも、同じ物理法則と演算基盤の上に成り立っている。でも――」
リンディが続きを引き取った。
「彼らには、その共通項すらないの。能力の原理、発動条件、代償……すべてが個別で、互いに整合性がない。だから、管理局では“理の外側”の存在として扱っているのよ」
なのはは思わず息を吸った。
「……それって……すごく、危ないんじゃ……」
クロノは頷く。
「危険だ。事実、いくつもの世界で被害が出ている」
その言葉に、なのはの肩が小さく震える。
「あ……あの、それじゃ……あの時の人も……?」
クロノは一拍置いてから、はっきり言った。
「間違いなく、その分類に入る」
エイミィが端末を操作し、別角度の映像を映す。
「でもね、強さだけ見たら……正直、規格外だよ。魔力量は測れないし、移動速度も演算限界超えてる。しかも単独で次元移動」
リンディは映像を見つめながら、静かに言った。
「……それでも、彼はこの場では誰も殺さなかった」
なのはの胸が、少しだけ温かくなる。
その時、後方の補助席に座っていたユーノが、そっと前に進み出た。
フェレットの姿ではなく、人型のまま、両手を胸の前で組んでいる。
「……あの、少し……いいですか」
リンディが微笑んで頷く。
「どうぞ、ユーノ」
ユーノはホログラムに映る仮面の戦士を見上げ、慎重に言葉を選ぶ。
「僕……実は、少しだけ似た人に会った事があるんです。
別の世界で、争いを止めるためだけに現れて、名前も残さずに消えていった人……」
クロノが眉をひそめる。
「それは、偶然じゃないのか?」
「分かりません。でも……」
ユーノはなのはの方を一瞬見てから、続けた。
「あの人……拘束を解く時、すごく正確でした。必要な所だけ撃って、誰も傷つけないようにして……。
それに、僕達に背中を向けて、敵の方だけを見ていました」
なのはが、はっとして顔を上げる。
「……そういえば……」
リンディが静かに問いかける。
「それは、どういう意味だと思う?」
ユーノは小さく息を吸った。
「……少なくとも、あの場では……敵意は、なかったんじゃないかって……」
ブリッジに、短い沈黙が落ちた。
クロノは難しい顔のまま言う。
「可能性としては……否定できない」
エイミィが苦笑する。
「完全に敵だったら、あの三人まとめて無力化しててもおかしくなかったもんね」
なのはは、胸の奥で何かが少しだけほどけるのを感じた。
リンディは穏やかに頷いた。
「ええ。だからこそ、対話を試みる価値はあるわ。
彼の目的も、立場も分からない。でも……少なくとも、無差別な存在ではなさそう」
クロノは深く息を吐いた。
「それでも、危険性が極めて高い事実は変わりません」
「もちろん」
リンディは静かに微笑んだ。
「だから、慎重に……でも、拒絶せずに」
なのはは、映像の中の仮面をじっと見つめる。
――あの人は、助けてくれた。
名前も、顔も、何も分からないのに。
「……仮面ライダー……」
小さく呟いたその言葉は、誰にも聞こえないほどの声だった。