それは、本当に些細なきっかけだった。
「……ボス。雨の匂いする」
それだけ言って、鼻をひくりと動かす。山でも森でもなく、それは、海の方。
空は晴れている。雲も薄い。雨が降る気配なんて、どこにもない。
けれど、デルタは嘘をつかない。
特に、匂いの話に関しては。
「雨の匂い……?」
思わず足を止めて、俺も空を見上げた。何もない。ただ、風が少し湿っている。生温かくて、妙に重たい。
嫌な予感がした。
こういう感覚には、何度も助けられてきた。
世界が壊れる前の空気。
事件が始まる前の匂い。
「デルタ、その匂い……どっちからだ?」
「海。……いや、下」
下。
視線を海へ向けた瞬間、水面がわずかに盛り上がるのが見えた。
最初は波だと思った。
次の瞬間、それが“縦に伸びた”。
水が、柱になって立ち上がる。
音が遅れて来る。
ドン、という低い衝撃。海面を叩き割る水柱が、夜の闇を切り裂いて空へ噴き上がる。
――ジュエルシード。
一瞬で理解した。
「……やっぱりな」
街から少し離れているとはいえ、被害が出る距離だ。しかも、水の中に本体があるタイプ。なのはやフェイトが対応する前に、街を飲み込む。
デルタが興奮気味に叫ぶ。
「ボス!でっかいのいる!」
「見えてる。……ここは俺が行く」
カードケースを取り出す。
今回の相手に対して、下手に空を飛ぶのは危険だ。
それを考えれば、水中戦。気配を消せて、機動力があって、なおかつ内部に干渉できる――
選ぶまでもない。
ディケイドライバーにカードを滑り込ませる。
『KAMEN RIDE… OOO!』
青い光が弾け、身体が沈むように変質する。
『FOAMRIDE!シャウタコンボ!シャチ! ウナギ! タコ!シャ・シャ・シャウタ! シャウタ! シャウタ!』
装甲が水色に染まり、身体が一瞬、液体に近い感触へと変わった。
「留守番な、デルタ」
「む……わかった!」
俺はそのまま、ためらいなく海へ飛び込んだ。
水の中は、静かだった。
音が遠い。光が歪む。
シャウタの感覚が、身体と海の境界を曖昧にする。水を蹴っているのに、泳いでいる感覚がほとんどない。滑っているみたいだ。
ジェルシードの反応はすぐに見つかった。
巨大な水の塊の奥、核のように光る影。
周囲の水と一体化して、暴走体そのものが“環境”になっている。
まずは、あれだけ叩く。
ライドブッカーを構えず、あえて距離を取る。
攻撃しない。近づくだけ。
案の定、気付かれない。
水と一体化しているせいで、こちらの存在が“異物”として認識されないらしい。
そのまま核の近くまで回り込み、刃を一閃。
水の流れが一瞬だけ乱れ、水柱の勢いが鈍る。
「……よし」
次の瞬間、波が不自然に跳ねて、少女の身体が海へ投げ出されたのが見えた。
「……あいつはあの時のっ、ちっ」
反射的に泳ぐ。
一瞬で距離を詰め、腕を掴んで引き寄せる。
フェイトは水を吐き、必死に息を吸い込んだ。
「・・・大丈夫のようだな」
目を開いた瞬間、俺の仮面を見て、完全に固まっている。
説明している暇はない。
そのまま海面へ浮上すると共に。
「フェイトちゃん!」
見上げると、そこにはなのはがいた。
どうやら、彼女も、この現場に来ていたようだ。
「あなたは、仮面ライダーさん」
「・・・」
さすがに、こちらの正体が分からないようだ。
そして、フェイトと呼ばれた少女はこちらを見て、驚く。
それと共に、彼女は、すぐにその場から飛びながら、警戒する。
「・・・一体、何が目的なんですか」
その際に、俺はゆっくりと声を変える。
これまで、何度も行ってきた事として。
「あれがあると、面倒だから、止めに来た。お前らが、あの中にある物が欲しいならば、さっさとしろ。動きは止めてやる」
そうして、俺は、その場からすぐに離れる。