悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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その才能

海の中は、相変わらず静かだった。

 

シャウタコンボの感覚に身を委ねると、俺と水の境目はほとんど消える。泳いでいるというより、海そのものが身体を運んでいる。潮の流れ、圧の差、温度の揺らぎ――全部が情報として入ってくる。

 

水柱は、まだ倒れない。

 

倒さない。

倒す必要がない。

 

あれは“核”じゃない。

ジュエルシードが引き起こしている現象の一部、いわば舞台装置だ。壊せば確かに止まるだろうが、その瞬間に反動が街へ飛ぶ。被害は拡大する。

 

だから、抑える。

 

水柱の内部に回り込み、流れの“癖”を読む。

シャウタの特性が、ここで生きる。タコの柔軟性で流れに溶け、ウナギの感覚で電気のように水圧を察知し、シャチの推進で位置を調整する。

 

俺は、柱の“芯”には触れない。

代わりに、周囲の水を撫でる。

 

ほんの少し、圧をずらす。

ほんの少し、回転を鈍らせる。

 

水柱は相変わらず天へ伸びているが、暴れなくなった。

噴き上がる力が、円を描くように整流されていく。

 

……これでいい。

 

視線を上へ向ける。

水面越しに、なのはとフェイトの気配が見える。二人とも、戦っている。必死で、けれど前よりも迷いが少ない。

 

フェイトは、さっきより動きが安定している。

なのはは、仲間を気にしながらも前に出ている。

 

それでいい。

 

俺は戦わない。

今は、見守る。

 

水中から、戦場全体を“支える”役に徹する。

ジュエルシードの反応が跳ねれば、すぐに分かる。水の流れが教えてくれる。

 

一瞬、柱の内側で圧が暴れた。

俺は身体を液体のように分散させ、衝撃を受け流す。装甲に負担はない。水と一体化している限り、ここではほとんど無敵に近い。

 

「……焦るな」

 

誰に言ったわけでもない言葉が、水の中で消える。

 

なのはとフェイトが、自分たちの判断で戦っている。

そこに割り込む理由はない。

 

水柱が倒れないのは、二人が“まだ終わらせる段階じゃない”からだ。

 

俺は、ただの観測点になる。

逃げ場を塞ぎ、被害を抑え、最悪の一手を未然に潰す。

 

それだけ。

 

水柱は、今も夜空に立っている。

だが、その中心には、俺がいる。

 

嵐の目の中で、静かに。

海中での静かな制圧に、ほんのわずかな“ズレ”が生まれたのは、なのはとフェイトが同時に攻め込んだ瞬間だった。

 

水柱の外側で、魔力の波形が一瞬だけ乱れる。

二人の連携は悪くない。けれど、互いを気にしすぎている。踏み込みが、ほんの一拍遅れる。

 

……まったく。

 

俺は水の流れを一段階だけ強め、柱の基部から“逃げ道”を潰した。

同時に、なのはとフェイトの立つ位置に干渉しないよう、逆方向へ圧を流す。二人の足場が、見えない手に支えられたように安定する。

 

なのはが、はっと顔を上げた。

 

「……え? いま、足が……」

 

フェイトも動きを止めかけ、周囲を警戒する。

 

「何か……水の流れが、変わった……? でも、敵じゃない……」

 

二人の視線が、無意識に同じ場所を探す。

だが、水面の下にいる俺の姿は見えない。ただ、危険だけが“来ない”。

 

俺は、小さく息を吐いた。

 

「余計なこと考えるな。前だけ見てろ」

 

声は、水を伝って、ほんのかすかに届く程度。

なのはが目を見開く。

 

「……今の、誰……?」

 

フェイトは唇を噛み、剣を構え直した。

 

「味方……だよね。でも……どうして、私たちの動きが分かるの……?」

 

答えは出さない。

出す必要もない。

 

俺は、水柱の中心で圧をさらに整え、暴走の兆しを完全に押さえ込む。

二人が全力を出せるように。

街に被害が及ばないように。

 

それだけでいい。

 

なのはとフェイトは、困惑しながらも、互いに視線を交わし、再び前を向いた。

支えられている理由が分からなくても、守られている事実だけは、確かに感じ取っている。

 

俺はその様子を、水の中から静かに見ていた。

 

水の圧を一段落とし、俺は一瞬だけ距離を取った。

守るための介入は終わった。あとは、あの二人が“どう終わらせるか”を見る番だ。

 

その時、空気が変わった。

 

いや、正確には――世界の重さが、なのは一人に集まり始めた。

 

魔力が収束する。

これまで何度も見てきた“溜め”とは、質が違う。勢いじゃない。感情の爆発でもない。静かで、真っ直ぐで、揺らぎがない。まるで最初から「撃つと決めていた結果」だけが、今に向かって逆算されているみたいだった。

 

水中にいる俺にまで、震えが届く。

 

……冗談だろ。

 

光が生まれた。

白い、ただひたすらに澄んだ光だ。熱でも衝撃でもない。存在そのものを押し流す“圧”に近い。水柱が、悲鳴を上げる前に歪む。逃げ道を探すみたいに揺れ、耐えきれずに形を変え始める。

 

「スターライト・ブレイカー……!」

 

その名が発せられた瞬間、世界が一直線に貫かれた。

 

光は太く、迷いがない。

曲がらない。散らない。誤魔化さない。

ただ、前にあるものを“結果として”押し潰す。

 

俺は思わず、動きを止めた。

 

……才能ってやつは、こういう形で殴ってくるのか。

 

水柱は消えた。

 

「本当にとんでもない奴だな」

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