悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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頭上の雷

夜の海に近い街上空で、雲の色が変わった。

ただ暗くなるのとは違う。重く、粘つくように沈み、内側から光を孕んでいる。雷雲だ。だが、普通の雷じゃない。雲の縁が紫がかり、青白い閃光が“溜め息”みたいな間で脈打っている。あれは落ちる前兆だ。しかも、狙いを持っている。

 

俺は足を止めた。

理由は単純だ。長年の戦いで、こういう色を何度も見てきた。世界が違っても、破滅の兆しは似た顔をする。あの雲は、街を巻き込む。逃げ場を与えないタイプだ。

 

一拍。

次の瞬間、空気が変わった。皮膚の上を走る、微細な静電気。髪が逆立つほどじゃない。だからこそ厄介だ。気づけない奴は、気づいた時には焼け焦げている。

 

「……来るな」

 

誰に言ったわけでもない。自分に向けた確認だ。

雷は速い。だが、予兆は必ずある。雲の厚み、光の溜まり方、風の止まり方。全部が揃っている。偶然じゃない。意図的に、エネルギーを集めている。

 

俺は視線を雲から外さないまま、体の向きを変えた。なのは達の位置を、頭の中でなぞる。距離、角度、高度。避雷するなら、俺が一番前だ。街と、あの子達の間に立つ。それだけでいい。

 

判断は早かった。

迷う理由がない。守る対象が明確な時ほど、余計な思考は邪魔になる。

 

雲の奥で、一本の光が胎動した。

落雷まで、数秒もない。

 

俺は深く息を吸い、次の動作に備える。

海面の下で、俺は一瞬だけ動きを止めた。

シャウタの感覚が薄れていく。水と一体化していた身体が、再び「重さ」を取り戻す。自由に流れ、溶け、逃げる――その特性が失われるのは分かっていた。だが、今必要なのは回避じゃない。受け止めることだ。

 

胸の奥で、嫌な予感が確信に変わる。

雲の中で育っている雷は、もう“落ち先”を決めている。なのはとフェイトだ。戦闘中で、魔力を高め、動けない一瞬を狙うタイプの雷撃。守るなら、今しかない。

 

俺は海中で姿勢を整え、腰のケータッチ21に指をかけた。

カードじゃ足りない。オーズやフォーゼみたいな、拡張前提の力は、こいつを通さないと噛み合わない。

 

「……切り替える」

 

水の抵抗が増す。シャウタの推進が消え、身体が沈みかける。

そのまま、俺はケータッチ21を操作した。

 

『FORM RIDE FOURZE ELEK STATES』

 

音声が走ると同時に、スーツの感触が変わる。

電流が血管の代わりに巡り、装甲が雷を呼び込む形へと再構成される。フォーゼ・エレキステイツ。雷を拒むんじゃない。引き受けるための形だ。

 

だが、ここは海上だ。

電気を扱う以上、足場がないのは致命的になる。

 

俺は右腰のケータッチ21をもう一度叩いた。

 

スクリューモジュールが展開され、左脚に噛み合う。

回転音が低く唸り、推進力が生まれる。水を蹴るんじゃない。掘り進む。海中を“進路”として扱える最低限の機動性が、ようやく戻った。

 

雷雲が鳴いた。

一条、二条。空が割れ、稲妻が海面へと落ちてくる。

 

俺は上昇する。

なのはとフェイトの間、その直線上へ。わざとだ。雷を呼ぶために、最も高く、最も目立つ位置を取る。

 

「……大丈夫だ」

 

誰に向けた言葉でもない。

ただ、落ち着かせるための確認。

 

次の瞬間、雷が俺を撃ち抜いた。

痛みはある。だが、想定内だ。エレキステイツの装甲が電流を受け止め、分散し、海へと逃がしていく。スクリューモジュールが回転し続け、感電による硬直を最小限に抑える。

 

視界の端で、なのはとフェイトがこちらを見るのが分かった。

困惑と、理解できない何かを見る目。だが、それでいい。分からなくていい。今は、守られていれば。

 

俺は雷を引き受けたまま、海中で位置を調整する。

雲が吐き出す悪意のすべてを、俺一人に集めるために。

雷が、最後の一条を吐き切った瞬間だった。

耳鳴りだけが残り、雲の唸りは嘘みたいに遠ざかる。エレキステイツの装甲を走っていた電流も、海へと逃げきって、残ったのは熱と疲労だけだ。スクリューモジュールの回転が落ち、推進音が静まる。――終わったな。

 

俺は海面に浮かび、ゆっくりと姿勢を整えた。

なのはとフェイトの魔力反応は安定している。過剰な緊張も、致命的な損耗もない。守るべきものが無事なら、それでいい。余計な説明は要らないし、名乗る必要もない。

 

背後で水音がした。

振り向かなくても分かる。視線の温度だ。驚きと、安堵と、追いつけなかった疑問が混じった気配。

 

「まっ――」

 

なのはは呼びかけようとしたんだろう。

けど、その声が形になる前に、俺は動いた。ここで立ち止まる理由はない。関わりすぎれば、次は守れなくなることもある。距離は、優しさの一種だ。

 

オーロラカーテンを展開する。

夜の海に、色だけが先に滲み、遅れて“通路”が現れる。雷を受け止めた身体が、最後の仕事としてその縁を跨ぐ。

 

一瞬だけ、振り返った。

なのはとフェイトは無事だ。困惑しているが、立っている。それで十分だ。

 

次の瞬間、視界は切り替わり、海の匂いは消えた。

オーロラが閉じる。音もなく、痕跡も残さず。

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