写真館に戻ると、夜の湿った空気がふっと緩んだ。
外ではまだ街のどこかが騒がしいはずなのに、この場所だけは時間が一拍遅れているみたいに静かだ。現像液の匂いと、古い木材の軋み。その全部が「戻ってきた」と身体に教えてくる。
デルタは何も考えずにソファへ倒れ込み、ゼータは壁際に立ったまま腕を組む。イータはカウンターの影で、いつも通り観察者の顔だ。
俺はその三人を見渡してから、戦いの後に残った“違和感”だけを切り出した。
「……雷だ」
ゼータが首を傾げる。
「雷?」
「ジュエルシードを狙った、あの雷。狙いが雑に見えて、妙に正確だった」
イータがすぐに理解したように、視線を細める。
「偶発的な魔力放電ではない。誘導性があった……そういうことですね」
「ああ。フェイトが前に出た瞬間だけ、明らかに密度が変わった」
ゼータが息を吐く。
「つまり、ジュエルシードそのものじゃなくて……」
「フェイトだ。正確には、フェイトの“背後”」
言葉にした瞬間、はっきりした。
あの雷は、排除でも警告でもない。試すような、測るような一撃だった。
イータが腕を組み直す。
「フェイト個人を直接狙えばいいはずなのに、そうしなかった。意図的に距離を保っている」
「管理してる気分なんだろうな。表に出ず、必要な時だけ力を落とすタイプだ」
ゼータは少し苛立ったように舌打ちした。
「面倒な相手だ。で、そのフェイト本人は?」
その一言で、場に小さな沈黙が落ちた。
なのはとも、管理局とも一緒にいない。居場所が掴めない。
「単独行動の可能性が高いな」
俺がそう言うと、イータも頷いた。
「精神的に追い詰められている状況。誰にも見られずに動こうとするのは自然です」
ゼータが腕を解く。
「でも、当てがなきゃ探せない」
その時だった。
ソファに転がっていたデルタが、唐突に上半身を起こした。
「分かるぞ」
俺とゼータの視線が同時に飛ぶ。
「何がだ」
「フェイト。匂い、覚えてる」
一拍。
二拍。
「……は?」
「いや、待てデルタ。今、何を当然みたいに言った」
デルタは不思議そうに首を傾げる。
「前に一回、近くにいた。甘いけど、雨の後みたいな匂い。まだ残ってると思う」
ゼータが額を押さえる。
「……追跡犬か、お前は」
俺も思わず突っ込む。
「それ、もっと早く言え」
「聞かれなかった」
即答だった。
イータが一瞬考え込み、淡々と補足する。
「嗅覚記憶が異常発達していると仮定すれば……理論上は成立します」
「理論で片付けるな」
デルタはもう立ち上がって、入口の方を見ている。
「行くか? 遠くない」
ゼータが俺を見る。
俺は肩をすくめた。
「……雷よりは信用できる手掛かりだ」
写真館の空気が、少しだけ前に進んだ。
フェイトの背後にいる“何か”へ向かう道筋が、ようやく形を持ち始めていた。