「……何を言っているんだ」
思わず、そう零れていた。
声に込めたつもりはなかったが、否定と困惑が混じっていたのだと思う。
プレシアは、その一言に即座に反応した。
こちらを射抜くような視線。怒りとも、焦りともつかない、だが間違いなく強い感情を孕んだ睨みだった。
正直に言えば、俺はまだ“アルハザード”という言葉を理解していない。
どんな場所で、どんな法則があり、何を成せる世界なのか。
その輪郭は、プレシアの語りからも掴みきれなかった。
だが――もし。
もしも、彼女の言うアルハザードが、俺がかつて立っていた世界の延長線上にあるものだとしたら。
それだけは、はっきりと否定できる。
「言った言葉の通りだ」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
感情をぶつける必要はない。
事実を伝えるだけでいい。
「お前の言うアルハザードなんて世界はない。
そして……仮に俺のいた世界に辿り着けたとしても、
お前の望みは、そこでは叶わない」
プレシアの望みが何なのか。
彼女はまだ口にしていない。
だが、その目を見れば分かる。
焦点の合わないほどに一点だけを見つめ、
そこから目を逸らせば崩れてしまいそうな、危うい光。
――ああ、そうか。
この眼だ。
俺は、何度も見てきた。
「……あんた、大切な人を蘇らせたいんだろ」
言葉にした瞬間、空気が凍った。
プレシアの肩が、ほんのわずかに跳ねる。
それだけで十分だった。
「っ……」
一歩、後ろに下がる。
図星だ。
否定の言葉は出てこない。
代わりに、彼女の呼吸が乱れるのが分かる。
俺は、アルハザードという言葉は知らない。
だが、プレシアが語る断片――
“失われた力”“すべてを超えた叡智”“奇跡を可能にする世界”。
それらを繋ぎ合わせると、どうしても一つの記憶に辿り着いてしまう。
かつて、俺が生まれ育った世界。
ジオウの世界。
あの世界は、最初から歪んでいた。
いや、歪められていたと言うべきか。
無数の世界が、強引に一つへと融合していく。
それぞれに異なる歴史、異なる法則、異なる“常識”。
超古代の力が存在する世界。
超能力が存在する世界。
魔法が密かにあった世界。
人の理を簡単に踏み越える力が、確かに存在していた。
仮面ライダーの歴史が集った世界というのは、本来ではあり得ない多くが集まっている。
その中には――
確かに、“死者が戻る”ように見える現象もあった。
だが、俺は知っている。
それがどれほど残酷な結果を生むかを。
生き返るのは、都合のいい奇跡じゃない。
取り戻したつもりで、失うものの方が増えていく。
命の代わりに、世界が軋む。
歴史が歪み、人が壊れる。
プレシアが思い描いているような、
「ただ願えば、ただ救われる」世界じゃない。
だからこそ、俺は言える。
はっきりと。
――そこに行っても、救いはない。
あるのは、取り返しのつかない現実だけだ。
プレシアの前に立ちながら、俺は一歩だけ距離を詰めた。
怒鳴る気はない。説得する気もない。ただ、事実を並べるだけだ。
「……なあ」
低く声を落とすと、彼女の指先がわずかに震えたのが分かった。
俺はそれを見逃さない。
「過去に縋る人間ってのはな、だいたい同じ顔をする。
前を見てるつもりで、実際は“後ろの写真”しか見てない」
プレシアの視線が鋭くなる。
けれど否定はしない。その沈黙が、答えだ。
「写真ってのは便利だ。
色あせないし、裏切らないし、思い出を好きな形で保存できる」
俺は空を指でなぞる。
そこに写真立てでも置くみたいに。
「でもな、写真は生きてない」
一拍置く。
あえて、ゆっくりだ。
「呼びかけても返事はしない。
泣いても、抱きしめ返してはくれない。
都合のいい記憶だけを映す、ただの紙切れだ」
プレシアの肩が、わずかに揺れた。
図星だ。確実に刺さっている。
「お前がやろうとしてる事は、それを“現実”にしようとしてる。
過去を現像し直して、今を塗り潰す行為だ」
「……黙りなさい」
震えた声で、プレシアが言う。
だが俺は止めない。
「失った人間を取り戻したい気持ちを、否定するつもりはない。
俺だって、そう思った事はある」
事実だ。
何度も、何度も。
「けどな……」
俺は一歩、引いた。
距離を取る事で、言葉の重さだけを残す。
「過去に生きるって事は、
今を“記録扱い”するって事だ」
プレシアの瞳が揺れる。
怒りと悲しみと、逃げ場のなさが混ざった色。
「今この瞬間を生きてる人間を、
『どうせ後でやり直す』って切り捨てる覚悟があるなら……
それはもう、愛じゃない」
「……それでもよ」
プレシアが、顔を上げた。
歪んだ笑み。引き返せない人間の顔だ。
「それでも私は、戻る道を選ぶ。
たとえそれが、間違いでも」
俺は息を吐いた。
重たい空気が、胸に落ちる。
「そうか」
否定もしない。
肯定もしない。
「なら覚えとけ。
写真に縋ったままじゃ、“今”は二度と写らない」
それと同時だった。
プレシアが手にした物に、俺は見つめる。
「それは」
「イレギュラーから手に入れた代物よ」
そうして、手にした代物、ダークゼットライザーだった。