ファイブキングの咆哮が、もう一度この空間を引き裂いた。
音そのものは変わらない。けれど、さっきとは違う。
今のそれは、理性を削り落とした末に残った感情の塊みたいな叫びだった。
「やめて……っ! お母さん、もうやめて!!」
フェイトの声が、胸に突き刺さる。
怒りでも、恐怖でもない。
あれは――拒絶だ。これ以上、失うことへの必死な拒絶。
俺は、振り返らない。
振り返ったら、迷う。
迷えば、次の一歩が鈍る。
ほんの少し前、確かにプレシアの心は揺れていた。
俺の言葉が効いたかどうかは分からない。
だが、あの一瞬だけは、確かに“母親”だった。
だからこそ、今の姿が余計に痛い。
ファイブキングが一歩、前に出る。
巨大な影がフェイトを覆いかけるのを見て、俺は無意識に前に出ていた。
「お願い……! 戦わないで……!」
フェイトの声が震える。
戦える力を持ちながら、戦いたくないと叫ぶ声だ。
その矛盾が、どれほど苦しいかは、俺も知っている。
俺は一度、息を吐いた。
そして、低く、はっきりと言う。
「……待て」
命令じゃない。
拒絶でもない。
「今は、待て」
「でも……このままじゃ……!」
その続きを、俺は遮らなかった。
代わりに、言葉を選ぶ。
慎重に、けれど逃げずに。
「倒した後だ。
全部終わらせてからなら……もう一度、話せる」
その瞬間、フェイトの呼吸が詰まるのが分かった。
希望と恐怖が、同時に押し寄せた顔だ。
「だから、それまで――俺がやる」
守るとは言わない。
救うとも断言しない。
それでも、この場から逃げるつもりはない。
フェイトの視線を背中に感じながら、俺はファイブキングへ向き直る。
(……母親だろうが、怪物だろうが)
心の中で、静かに言葉を噛み締める。
(子供の前で、これ以上壊れるなら――止める)
プレシアの瞳は、もう理性より執着が勝っていた。
それでも、完全に捨てきれてはいない。
だからこそ、厄介で、そして――放っておけない。
砲口に光が集まり始める。
俺は足を踏み出す。
「……行くぞ」
誰に言ったわけでもない。
けれど、それはフェイトへの合図でもあった。
これは、勝つための戦いじゃない。
壊すための戦いでもない。
もう一度、話せる場所まで引き戻すための戦いだ。
そう決めて、俺は再び、戦場の中心へ歩き出した。
踏み込んだ瞬間、地面が砕けた。
ファイブキングの質量が動くたび、空気そのものが押し潰される。五体の怪獣が融合した圧力は伊達じゃない。正面から受ければ、なのはでもフェイトでも耐え切れないだろう。
だが――俺は、そこに立っている。
「……遅い」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
脚部のブースターが低く唸り、次の瞬間、視界が弾ける。
加速。
ファイブキングの放つ光線が、俺のいた“残像”を焼いた。
振り向きざま、マグナムシューター40Xを構え、引き金を引く。
弾丸は拡散せず、一点に収束して怪獣の関節部を撃ち抜いた。
硬い。だが、貫けないほどじゃない。
「っ、まだだ!」
プレシアの声が、怪獣の咆哮に混じる。
五つの頭部が同時に光を帯び、空間を塗り潰すような斉射が来る。
俺は跳ぶ。
上でも、横でもない。前だ。
衝撃波をブースターで踏み越え、装甲を掠める光線を紙一重でかわしながら、距離を詰める。
視界の端で、フェイトが息を呑むのが見えた。
(大丈夫だ。見てろ)
言葉にはしない。
ただ、その場に立ってみせる。
至近距離。
怪獣の巨体が拳を振り下ろすより早く、俺はカードを引き抜いた。
「――終わらせる」
ネオディケイドライバーにカードを叩き込む。
『FINALATTACKRIDE GE GE GE GEATS』
世界が一瞬、静止した。
次の瞬間、全身のエネルギーが一気に収束する。
ブースターが限界まで火を噴き、空間を裂くほどの推進力が生まれる。
「これ以上、壊させない」
踏み込み、跳躍。
光の尾を引きながら、俺はファイブキングの中心へ突き進む。
衝突――否、貫通。
圧倒的なエネルギーが、融合のバランスを破壊し、五体の怪獣の力が悲鳴を上げる。
爆発は、外へは広がらない。
俺が、全部押さえ込んだ。
地面に着地した時、背後で巨体が崩れ落ちる音がした。
振り返らない。
「……これで、話ができる」
そう呟いて、俺は変わらず、前を向いて立っていた。